旧ソ連時代に活躍したGKヤシンのシャツを着るロシア人ファン=2018年6月14日、モスクワのルジニキ競技場、高野遼撮影
ロシアで14日に始まったサッカー・ワールドカップ(W杯)。開幕戦のあったモスクワのルジニキ競技場ではロシアの三色旗に交じって、赤い国旗をたびたび見かけた。よく見ると旧ソ連の国旗。旧ソ連時代のユニホーム姿のファンも少なくない。どうしてソ連? 尋ねてみると、胸の内には様々な思いがあった。
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赤地に白い文字で「CCCP(ソ連の略称)」。古びたユニホームを着ていたのは、イエフゲニ・ボロフさん(59)。「このシャツはもう20年間着ている。昔はソ連チームは強かったんだよ」。自慢げに見せてくれた背中の「23」は、1963年に年間世界最優秀選手に輝いた伝説のGKヤシンの背番号だ。
かつて、ソ連はサッカー強豪国だった。66年にはW杯で4強入り。88年ソウル五輪では、決勝でブラジルを破って優勝。この年、欧州選手権でも準優勝を果たした。「いまの選手たちは高い給料をもらいすぎ。この国は豊かになったけど、大切なことも失った」とボロフさんは顔をしかめた。
ソ連時代のサッカーを懐かしむのは、ロシア人だけではない。旧ソ連に生まれ、ウズベキスタンから米国に亡命したダニエル・アバエフさん(42)もソ連の国旗をスタジアムで掲げた。「スター選手の多かった、あの頃のソ連に戻りたい。24年住んでも、米国人にはなれない。なぜなら私はソ連人だから」と、はるばるニューヨークから応援に駆けつけた。
彼らは口々に「かつては国自体もよかった」と懐かしむ。ソ連のユニホームを着た弁護士のセルゲイ・アファナシェフさん(42)は「ノスタルジーですよ。一部の人たちの考え方ですが」と解説する。
「ソ連時代は豊かでなくても、平等がある国だった。いまは生活レベルは上がったが、気持ちは暗い。いくらお金があっても、次に考えるのはそれをどう守るか。心の平和は訪れないんです」
意外なのは、こうした考え方をする若者もいることだ。保険会社で働くキリル・マリンさん(24)は「心の中はソ連です」と胸に手を当てる。
生まれたのはソ連崩壊の後。だが両親の話から興味を持ち、インターネットや本で旧ソ連を学んだ。「いまは『ソ連は悪い』っていう映画や本が多いでしょ。でも昔は産業もスポーツも発達していた。強い国だったと思うんです」
ロシアの民間世論調査機関レバダセンターによると、ソ連崩壊を「残念」と思う人は半数以上。近年はわずかながら増加傾向にあるという。旧ソ連時代も決してバラ色ではなかったが、ロシアでは資本主義の導入などによって格差は広がり、過去を美化する傾向もあるようだ。
開幕戦、ロシアはサウジアラビアに5―0で快勝。スタンドはお祭り騒ぎになった。「この国が強さを取り戻すスタートになるかもね」。ロシア人男性の一人はそう言って、競技場を後にした。(モスクワ=高野遼)