「OLロス」という言葉がネット上で飛び交っている。OLとは、4~6月のテレビ朝日系ドラマ「おっさんずラブ」の略称。放送が終わってしまったことを惜しむファン(通称・OL民)たちがさかんに寂しさを吐露しているのだ。なにがそんなに魅力的なのか。
おっさんずラブは、4月21日から6月2日まで、テレ朝系で土曜夜11時15分から放送された。モテとは無縁だった33歳の主人公・春田創一(田中圭)が、職場の上司の黒澤武蔵(吉田鋼太郎)と後輩の牧凌太(林遣都)から告白される。同性からの好意を最初は受け入れられなかった春田だが、2人の思いを受け止めるうち、しだいに人を愛することと向き合っていくストーリーだ。
男性同士の恋愛を描きながらも、同性愛に対する社会の偏見や、当事者たちの葛藤に焦点を当てていないのが特徴だ。脚本を手がけた徳尾浩司(とくおこうじ、39)は純粋に「恋っていいな」と伝えたかったと話す。「目の前の人を好きになるってどういうことなのかをドラマにしようというのが出発点。『ちゃんと恋愛ドラマをやろう』という思いでした」
徳尾は少女漫画好きだといい、本作では、見る人がやきもきするようなすれ違いといった少女漫画的表現も存分に生かした。それを真摯(しんし)に演じた役者の芝居のよさが、作品が視聴者に受け入れられた理由ではないかと語る。自身も「乙女キャラ」の黒澤部長を演じた吉田の演技を見たくて、完成した映像を何回も見直したそうだ。
テレビドラマに詳しい日本大学の中町綾子教授は、作品の人気の理由を「気持ちの動きにフォーカスしているから」だと分析する。「近年のドラマは、日常的な心情を描くものが少なく、警察や病院、企業を舞台に『出来事』がドラマの『主人公』になっているものが多い。本作は、牧が春田への思いを抑える様子など『心』に焦点をあてたのが他のドラマにない魅力だった」。感情に重きを置くことで、俳優の演技をよりいっそう味わえる作品にもなったという。「テレビ業界には、今回のようなオリジナル作品を書ける脚本家を生んでいって欲しい」
放送後も続く人気
テレビ朝日がビデオリサーチの調べをもとにまとめたところ、全7話の平均視聴率は4・0%だった(関東地区)。この時間帯のドラマとしては決して高くない。
だが最終回の無料見逃し配信の再生回数は、放送後7日間の合計がテレ朝史上初の100万回を突破し、121万回超。登場人物の画像に作中の名ぜりふを添えたLINE公式スタンプ(40種類で税込み240円)を発売すると、スタンプショップのランキング1位に。OLロスの声に応えるように、テレ朝もポストカードやキーホルダーなどのグッズを放送後に発売。公式ブックも現在制作中だ。10月にはDVDとブルーレイが発売される。主演の田中の人気も急上昇。2年前に出版した写真集「KNOWS」(東京ニュース通信社)と「R」(ぴあ)の重版が決まった。作品に登場した市販のマグカップが全国的に品切れ状態になる現象まで起きた。
人気を支えるのがSNSでの盛り上がりだ。ツイッターなどでは、「神様……いつになったらロスから解放されるのでしょうか」「終わってから、1週間が長く感じる」「(ドラマを)作ってくれた全ての人に感謝しかない」などと熱いコメントが飛び交い続けている。
二つある公式インスタグラムのフォロワー数は34万超と50万超。放送では見られないシーンの画像などがアップされ、ファンの想像力を刺激。公式ツイッターのフォロワーも25万を超え、フジテレビの今期の「月9」の3万9千を大きく上回る。
貴島彩理(きじまさり)プロデューサー(28)はSNSでのこれほどまでの流行は狙ったものではないとし、「視聴者と対話するツールになるのには驚いた」と話す。「SNSにすごく支えていただいた。感謝しています」
脚本の徳尾は「見てくれた人が育ててくれたようなドラマ。みんなが盛り上がって、広めてくれた。これからのテレビ、ドラマの楽しみ方なのかな。続編があったらいいなと思います」と話した。(湊彬子)
記者もハマった「おっさんずラブ」
気がつけば各話を最低2回は見直すほど、私はこのドラマにハマった。ラブコメとしての面白さだけではない魅力があった。
吉田が演じる黒澤は既婚者で伴侶は女性だ。その黒澤が同性を愛したことを周りが非難するような描写や、黒澤自身が同性愛に葛藤する場面は、作中ではほぼ描かれていない。また、同性の春田への思いを抑えようとする牧に対して「好きになっちゃいけない人なんていないんじゃないかしら」と同僚が背中を押す印象的なセリフもあった。
メディアは往々にして同性愛を大げさに取り沙汰したり、慎重に扱いすぎたりする。もちろん性的少数者に配慮し、理解することは大切だ。ただ、このドラマはさらにその一歩先を描いた。差別や偏見がなくなった先にどんな世界があるかを想像させてくれたのだ。
しかも、渋い外見で「おまえが俺をシンデレラにした」などと言い出す吉田の演技の意外性には、笑わされ通しだった。軽いタッチで取っつきやすいが、実は深い。小難しい新聞記事よりよっぽど訴求力があるじゃないか! ドラマの底力にめまいがした。(矢田萌)