航空機やロケットなどの安全を陰から支えるベアリング(軸受け)で、精度を高める製造工程を求め続けている設計者がいます。
NTN 航空宇宙技術部主査 後藤貴司さん(47)
航空機やロケット、人工衛星に使われるエンジンは、1分間に1万回以上という超高速で回転するものもある。その主軸の回転をできるだけ妨げずに支え続ける「ベアリング」(軸受け)。航空機用は直径30センチほどの円筒形の金属部品だが、摩耗や高温にも耐える精度や強度が要求される。業界大手のNTNの桑名製作所(三重県桑名市)で、こうした最先端分野の機器に供給する軸受けの設計に、入社から一貫して携わっている。
軸受けはエンジンだけでなく、回転する装置を備えた機器には必ずある。ただ、入社当時に知っていた軸受けと言えば、無線で動くおもちゃの車にあるものぐらいだった。「製図も授業で基本を習った程度。これで本当に仕事ができるのか」と思った。そこで、現場に足を運び、製品をつくり上げる工程を学んだ。過去の図面を何枚も見返し、設計の知識を積み上げていった。
航空・宇宙分野の軸受けは、エンジンのほかにも用途によって数ミリから50センチを超えるものまで多種多様だ。精度の要求が厳しい一方、使われる合金は非常に硬い。精密な機械を使っても、加工や熱処理の時にひずみが蓄積し、精度が狂ってしまうこともある。
求められる設計図面は単なる寸法を記した図面ではなく、こうしたひずみが蓄積しないよう、一つの穴を開けるにも、使う素材や工作機械の特性を考えた加工の手順を付け加えたものにする。「最適なコストと工程で、どうすれば高い精度を達成できるか。毎日が試行錯誤の連続」と話す。
顧客が求める特定の形状や構造、精度などの規定(仕様)は、1件あたり数十項目ある。この要求に応えるため、パソコンに向き合って設計図面や加工手順を「孤独」につくる。一方、工場で実際にものづくりをしている現場の作業員には、仕様を調べる余裕はない。作業を正確に、誤解することなく進めてもらうために、仕様などを詳細に書き込み、「図面」が「字面」になることもあるという。それぞれの工程で最高の状態を引き出し、調和させていく作業は、オーケストラの「指揮者」のようでもある。
設計には「言葉の壁」もある。米ゼネラル・エレクトリックなど、世界中の航空機エンジンメーカーから来る製品の仕様は英語で記されているのが普通で、あいまいな表現になっている項目も多い。「英語は苦手だった」と苦笑いするが、その意図を読み取り、図面にするには経験と努力が欠かせない。
世界の4大航空機エンジンメーカーと長く付き合ううちに、約5千件に上る製品ごとの仕様がほぼ頭に入った「生き字引」になった。上司も「どこに、どんな要求が記されているのか聞けば答えが返ってくる」と評価する。
一つのミスが重大な事故につながりかねない航空機の部品。安全性が高い製品を供給するのは、何よりも重要な基本だ。部品を供給した航空機の「初飛行」のタイミングは何より緊張する。安全に飛行機が飛んだというニュースを目にした時、やっと少しだけ気持ちが安らぎ、「仕事の意義」を実感できるという。(金井和之)
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ごとう・たかし 三重県朝日町出身。同県立四日市工業高校を卒業した後、1990年にNTN(大阪市)に入社。それからずっと、同社の航空・宇宙関連のベアリング設計に携わっている。
高校入学時から愛用
設計に必要な関数計算もでき、プログラミングもできる「ポケットコンピューター」。高校入学時に、体操着などと一緒に親が買ってくれた当時の最新機種。新型の計算機が出てきても、慣れ親しんだ一品を手放せない。「最近、液晶の調子が悪いので、そろそろお別れかも」
山小屋でビール堪能
年に2、3度、休日に山登りに向かう。30代のころ、会社の同僚に誘われて始めたのがきっかけ。やがて休日の定番のひとつになった。好きなコースは北アルプスの燕岳から大天井岳。北アルプスを一望できる景色を堪能した後、山小屋で好きなビールを傾けるひとときに、「たまらない解放感を感じる」と顔をほころばせる。