断交していた二つの国がひそかに協力し、生まれた命がある。真っ青な目の少女は、4歳になった。
キューバ人のヘラルド・エルナンデスさん(53)は工作員として、1994年から米国に潜入した。キューバ系社会の情報収集が目的だった。カストロ政権を嫌って米国に亡命したキューバ人が、母国の政権転覆を狙って工作を仕掛けていたからだ。
過去には、キューバ航空機に爆弾が仕掛けられて73人が死亡したり、キューバ国内のホテルに爆弾が仕掛けられて観光客が死亡したりする事件が起きていた。
エルナンデスさんはテロ準備の情報をつかんだ。この情報はテロ阻止のために、キューバ政府から米連邦捜査局(FBI)に提供された。だが、これによって米側にエルナンデスさんらの身元がばれた。98年9月、エルナンデスさんは同様の活動をしていたキューバ人4人と逮捕された。下されたのは2件の終身刑と禁錮15年の刑だった。
祖国からは「5人の英雄」とたたえられた。しかし、化学工学者の妻アドリアナ・ペレスさん(49)と再び会うことも、子どもを持つことも絶望的に思えた。
妻のペレスさんは、あきらめなかった。2013年、ハバナを訪れていた米民主党のパトリック・リーヒー上院議員に英雄の妻として面会し、こう訴えた。
「私は母親になりたいだけ。夫の解放を求めているのではないのです」
当時の米オバマ政権は、キューバとの国交回復を狙っていた。リーヒー議員のキューバ訪問もその一環だった。リーヒー議員の働きかけを受けて両国が協力し、体外受精の取り組みが極秘裏に動き出した。
エルナンデスさんの精子とペレスさんの卵子は凍結され、第三国のパナマに運ばれた。受精させたうえでキューバに戻され、ペレスさんは妊娠した。
国交断絶を乗り越えた妊娠は、公表されなかった。
それまで夫の解放を訴えるなど積極的に活動していたペレスさんも、膨らんだおなかを見られないように表だった活動を控えた。
2014年12月17日。突然の発表が世界を驚かせた。当時のオバマ米大統領とキューバのラウル・カストロ国家評議会議長が国交正常化交渉を始めると発表したのだ。同時に「捕虜交換」も公表され、エルナンデスさんも含まれていた。
世界中のメディアが注目するなか、エルナンデスさんは約16年の収監から解放され、祖国に戻った。出迎えたのは、出産予定日を20日後に控え、おなかの大きいペレスさん。彼女の姿に、人々は仰天した。
「人生で一番幸せな瞬間だった」とエルナンデスさん。米国にはキューバに強硬な態度の議員がいるが、そのうちの一人でキューバ系の下院議員イリアナ・ロスレイティネン氏は「なぜ受刑者に、父親となる特権を与えたのだ」と激しく非難した。これにエルナンデスさんは「時すでに遅しだったね」と振り返る。
娘は、15年1月6日に生まれた。名前を「ヘマ」と名づけた。スペイン語で宝石という意味だ。
米国とキューバの関係は、トランプ政権で再び冷え込んでいる。それでも、2人の間のかけがえのない宝は、すくすく育っている。エルナンデスさんは、キューバの国会議員になった。
ヘマにいつか、出生の秘密を伝えたいと思っている。(平山亜理)