一度は引退を考えたボクシングの前世界王者が、再起の舞台に選んだのは中国・上海だった。今月30日に王座陥落後初の試合を戦う木村翔=青木所属。30歳の木村をリングに引き戻したのは、中国からの熱烈なエールだった。縁もゆかりもない中国で、彼がファンのハートをつかんだ理由とは――。
昨年9月に田中恒成=畑中=に世界ボクシング機構(WBO)フライ級王座を奪われた後、木村は「遊びほうけていた」。ジムにも行かない日々を送る中、中国版ツイッター「微博(ウェイポー)」の自分のアカウントを見ると、中国語で多くのメッセージが寄せられていた。翻訳すると「もう一度チャレンジしてほしい」「諦めないで」と応援の声が並んでいた。
「負けたらおしまいだと思っていたけど、価値観が変わった。ファンのためにもう1回、熱い試合をしたいと思った」。再び世界王者を目指すと決め、復帰をサポートしたいという中国の興行会社のオファーを受けた。今月30日、上海でタイ選手と10回戦の復帰戦を戦う。
「雑草」の大番狂わせ
なぜ木村が中国でこれほど愛されるのか。昨年、木村に「日中スポーツ貢献賞」を贈った微博の広報担当者は「木村選手の生い立ちや苦労を伝える特集番組が中国メディアで放送され、感動、共感する中国人が多かった」と説明する。
2017年7月、木村は上海でWBOタイトル戦を戦った。無名の挑戦者・木村に対し、王者は08年北京、12年ロンドンで五輪2連覇を達成した地元の英雄・鄒市明(ゾウシミン)。完全アウェーな状態で11回TKOで勝利を挙げ、新王者になった。
試合後、木村は負けてうなだれる鄒のもとにかけより、ひざをついて健闘をたたえた。さらに中国のテレビ番組が、若いころに一度挫折して高校を中退したこと、24歳の遅いデビュー戦で1回KO負けをしたこと、当時も酒屋の配達のアルバイトをしていたことなどを紹介。「雑草魂」を代名詞に、一躍人気者になった。
日本に帰っても所属ジムには海を渡ってファンが訪れ、中国人練習生は20人に達した。有吉将之会長は「あの試合で全てが変わった。木村は自分にしかできないことを追求したいと思っているし、これはチャンス。勝って中国のファンにもう一度木村は世界にいけるんだと思わせたい」。
木村は「プロでやるからには、求められるところでやりたい」。今後、主戦場を中国に移すことも視野に入れる。そのためにも、まずは再起戦に向け、日本で調整を積む。「日中合同の選手として、結果を残していけたらいい。インパクトのある試合をしたい」(菅沼遼)