クマやリスなどの動物が体温を下げた状態で越冬する「冬眠」。約2万年前までの氷河期を切り抜けた人類も、冬眠の能力を持っているかもしれない――。理化学研究所生命機能科学研究センター(神戸市)で、砂川玄志郎さん(43)は「人工冬眠」を研究している。
きっかけは2004年。「世界で初めて、冬眠するサルがマダガスカル島で見つかった」という論文を英科学誌で読んだ。「人間も絶対に冬眠できる」と思い、研究を始めた。
とはいっても、いつ来るか予測が難しい氷河期に備えようとしたわけではない。救急患者を人工的に冬眠させることができれば、心臓や肺の負担を抑え、病気やけがの悪化を防げるかもしれない、と考えたからだ。砂川さんは小児科医で、当時、東京の病院で子どもの急患を担当していた。
だが、冬眠する野生動物は、手に入れるのが難しい。そこで、実験用マウスに目をつけた。入手しやすいだけでなく、冬眠に似た状態で、数時間ほぼ動かなくなる「日内休眠」という状態になることも知られていた。
詳しいメカニズムが不明だったため、砂川さんらは実験を繰り返した。その結果、24時間の食事制限と、室温が12~24度の条件がそろえば、マウスが日内休眠になることを見つけ、16年に英科学誌に発表した。その後も、患者がマウスのように食事制限せずに冬眠できるような条件があるのか、探し続けている。
砂川さんは「救急患者の治療後の状態を決める一番の要素は、いかに早く病院に着くかなんです。もし冬眠できれば、普段の活動時の数%しかエネルギーを使わず、患者の負担を減らせる。様々な治療をする時間を増やせる可能性がある」と話している。(田中誠士)