中東に広がった民主化運動「アラブの春」を受けて、2012年にエジプト初の文民大統領に就任したものの、軍に拘束されて失脚したムハンマド・ムルシ元大統領(67)が17日、開廷中の刑事裁判所で倒れ、死去した。勾留中のムルシ氏の処遇については人権団体が懸念を示していた。ムルシ氏を支持するムスリム同胞団は事実上の獄死と見なしてデモを呼びかけており、治安当局との衝突が懸念されている。
検察当局は「法廷で5分ほど発言した直後に意識を失って倒れ、搬送先の病院で死亡が確認された」とする声明を発表した。心臓発作とみられる。
ムルシ氏は1970年代に同胞団に加わった。カイロ大学工学部を卒業後、渡米して82年に博士号を取得。85年に帰国して大学教授などになり、00~05年には国会議員を務めた。
11年2月に「アラブの春」でムバラク独裁政権が崩壊すると、ムルシ氏は12年の大統領選に同胞団系の自由公正党党首として立候補し、当選した。
だが、同胞団メンバーを政府幹部や県知事などの要職に登用し、自らの権限を強化する大統領令を出したことなどから、再び大規模なデモを招いた。13年7月、世俗派の軍に身柄を拘束されて失脚した。
さらに、軍出身のシーシ大統領による現政権は同胞団幹部らを相次ぎ逮捕。ムルシ氏も、「アラブの春」のさなかに多くの受刑者が脱獄した事件を首謀したとして15年6月に死刑判決を受けた。破棄院(最高裁に相当)が判決を破棄したため、やり直しの裁判が進んでいた。ムルシ氏は他にも、同胞団に融和的なカタールに機密を漏らした罪などに問われた。
ムルシ氏の死について、国際人…