ザハ・ハディド氏の初の実作となった札幌のレストラン(当時)の内装。1階は氷をイメージしたという=ジャスマック提供
新国立競技場(東京)の旧計画のデザインで注目された英国人建築家の故ザハ・ハディド氏。斬新すぎるデザインから建築されなかったケースが世界各地で相次いだ中、初めて実現した「作品」が札幌にあった。当時を知る関係者は巨匠と札幌との縁を思い、早すぎる死を悼んでいる。
札幌・ススキノに近い鴨々川沿いの一角に、細長い2階建ての建物が立つ。現在は結婚式場として華やかなつくりだが、2002年に改装されるまでは、まったく違った雰囲気だった。
銀色の床と天井。鋭くとがった巨大なガラステーブルにステンレス製の柱。氷をイメージした1階とは対照的に、2階は炎をほうふつさせる真っ赤な照明が輝いた。ここに「ムーンスーン」というレストランがあり、斬新な内装を手がけたのがハディド氏だった。
1990年に完成。ハディド氏の展覧会を開いたことがある東京オペラシティアートギャラリー(東京)によると、世界で初めて実現したハディド氏の作品(実作)だ。各地の国際的なコンペで評価されながらも、設計が斬新すぎることから実現せず、「アンビルト(建てられない建物)の女王」と呼ばれていた。初の実作が建築物ではなく、内装となったのもそうした事情が関係していた。
「なんという規格外。こりゃ金もかかるぞ」。レストランを建設した商業施設経営会社「ジャスマック」(東京)の葛和満博会長(84)は当時、デザインを見たとき、そう直感した。