「まとめ支給」と生活保護世帯の収入
3月14日付フォーラム面で、児童扶養手当などの「まとめ支給」で収入が不安定になる問題を紹介したところ、「生活保護の支給額も『まとめ支給』の影響を受けている」という声が母子世帯から寄せられました。どんな問題が起きているのでしょうか。
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■月の収入差、30万円超
声を寄せてくれたのは、関西に住むひとり親の40代女性です。10代の子ども3人のうち2人に重度の障害があり、うち1人は4年前、障害児の施設に入所しました。
この家では生活保護のほかに、低所得のひとり親世帯に出る「児童扶養手当」、障害児のいる世帯に出る「特別児童扶養手当」、子育て世帯に幅広く出る「児童手当」などを受けています。その結果、月収が大きく変わり、最大で3倍近くの「収入の波」ができるといいます。
なぜでしょう。生活保護ではまず、衣食住など生きていくのに必要な「最低生活費」が決まります。この家では月約34万円になります。一方、別に受け取る公的な手当は「収入」と認定され、「最低生活費」から「収入」を差し引いた額が毎月の生活保護費になります。この家では、手当の支給額が月あたり13万5千円あるため、差し引き約20万5千円が月々の生活保護費となります。
ところが、それぞれの公的な手当は、偶数月を中心に3~4カ月おきに「まとめ支給」されるため、手当の支給がある月とない月が生じます。この家の場合、児童扶養手当と特別児童扶養手当が同時に支給される4月や8月の収入は約60万円になりますが、手当のない奇数月は約21万円と、「最低生活費」に遠く及ばない額しか支給されません。
「無駄遣いせず、意識を持ってやりくりしているが、収入が読めないのがつらい」と母親は言います。
こうした「収入の波」は今後さらに荒くなります。児童扶養手当法の改正を受け、今年12月に支給される手当から2人目以降の子どもの加算額が増額されます。2人目の子どもの加算額が最大5千円増え、3人目以降が3千円増えます。
しかし生活保護世帯では、これが「収入増」とみなされるため、手当の増額分が、毎月の保護額から差し引かれます。このため、年間の収入は変わらないのに「波」だけが荒くなるのです。
関東に住み、5人の子どもを育てるひとり親の30代女性は「やりくりが本当に大変になる」と心配しています。
この家では、今年12月にまとめ支給される児童扶養手当(8~11月の4カ月分)は約5万7320円増えます。その代わり、月々の生活保護費は12月から月約1万4330円減ります。
今も支出のリズムを崩さないよう、食材の購入は2日に1回、1600円を超えないようやりくりしているそうです。
それでも今年3月、子どもの学校の制服代の支払いなどで現金が尽きかけ、困窮者に食料を無料で配る「フードバンク」のNPOでもらった乾パンや米で、4月の保護費支給日までしのいだそうです。
■厚労省、見直し「検討はする」
生活保護世帯の家計のやりくりを難しくさせる「収入の波」を何とかすることはできないのでしょうか。厚生労働省に取材しました。
生活保護を担当する同省の保護課によると、働いて得る収入や、ほかの法律や施策による給付・補助などを受けてもなお、最低生活費に届かない困窮者の生活費を補うのが生活保護の原則だといいます。
「まとめ支給」の手当を「毎月の収入」と見なす根拠を聞いたところ、生活保護法に基づく「実施要領」で決まっているとのこと。要領には「6カ月以内の期間ごとに支給される年金または手当」について「各月に分割して収入認定する」と書いてあります。
4カ月に1度支給される児童扶養手当や児童手当の場合、子どもの年齢や人数によりますが、少なくとも月5万2千円以上が、毎月の「収入」と認定されます。
今後、2人目以降の子の児童扶養手当が増額されると、月々の生活保護費が減らされ、「波」がさらに荒くなる問題についても、保護課は「手当支給月に、(差し引かれた分が)払われているので支障があるとは考えていない」という見解です。
では、手当を毎月支給に変えることはできないのでしょうか。
まとめ支給の問題は国会でも議論されており、今年5月に児童扶養手当法が改正された際には、「支給回数の改善措置」を今後の検討課題とすることが付帯決議に盛り込まれました。手当の支給を担当する同省家庭福祉課は「付帯決議に盛り込まれたので検討はする」としていますが、見直しに向けた具体的な動きはまだありません。
■毎月支給、独自に計画
兵庫県明石市の泉房穂(ふさほ)市長は、今年度内に児童扶養手当の毎月支給を実現するべく準備を進めています。方法や理由を聞きました。
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1年半ほど前から、市独自の毎月支給の可能性を模索してきました。
厚生労働省は「毎月支給は、自治体の負担を増やす」として、消極的です。一方、自治体が独自に毎月支給しようとすると「児童扶養手当法で支給月が決められている。自治体独自の毎月支給だと(国が保障する最低限度を公平・平等に行う)ナショナルミニマムが確保できなくなる」といいます。
でも、ひとり親世帯で育つ子どもの生活を安定させるための手当です。毎月支給で家計が見通しやすくなれば、子どもの生活もより安定する。それを自治体の事務量の問題に収斂(しゅうれん)させてもいいのでしょうか。
そこで法改正を待たず、毎月支給を実現する仕組みを考えました。
希望者が対象です。国から4カ月分の手当がまとめて支給されたら、市を経て第三者機関がいったん預かり、そこから次の支給日まで1カ月分にならした額を毎月、受給者宅を訪れて渡します。ただ現金を渡すだけでなく、家庭状況を把握し、様々な支援につなぐ機会としても利用します。第三者機関は、NPOや社会福祉協議会などを想定しています。
8月、ひとり親の皆さんに手当の現況届を提出してもらう際、毎月支給の希望も一緒に尋ねる予定です。
社協が生活費や財産を預かり、当事者に必要な分を渡すノウハウは、高齢者や障害者福祉ですでに蓄積されています。それを子どもにも活用するのです。同省と調整でき次第、今年度内にこの形で毎月支給を始められたらと思っています。
■支給頻度、健康状態にも影響 イチロー・カワチ米ハーバード公衆衛生大学院教授
現金給付の支給頻度は、受給者の消費のほか、健康状態にも影響すると、研究で明らかになっています。
例えば、米国で低所得者の食費を毎月補助する制度の受給者を対象にした研究では、支給直後の3日間、食料購入額が急増します。一方、お金が尽きてくると見られる支給月後半の摂取カロリー量は、月前半より有意に減ります。
また、カリフォルニア州で2008年までの8年間、低血糖で入院した糖尿病患者を所得別に比べたところ、高所得者層の入院率はどの週も変わりませんでしたが、公的給付を受けている低所得者層の入院率は、支給直前の週に目に見えて高まりました。支給のサイクルが食費購入や栄養摂取、ひいては健康悪化とも関連していることがうかがえます。
米国で公的給付を受けている低所得者も支給日直後に消費が高まり、次の支給日前にお金が尽きてしまう傾向は日本と同様です。公衆衛生や行動経済の視点から、支給頻度を隔週にした方がいいという議論もあります。日本の公的給付が、隔月や4カ月おきなのは長すぎます。毎月支給にする必要があると考えます。
■これまでの報道は
昨年12月27日付朝刊で、困窮するひとり親世帯への公的手当の「まとめ支給」が家計に激しい収入の波をもたらしている問題を報じました。
手当支給の頻度と月々の支出のペースが合わず、家計のやりくりが行き詰まってしまう母子世帯の実情などをルポしたところ、似た経験をした母親らから体験談が寄せられました。
3月14日付フォーラム面では、体験談のほか、自己責任でのやりくりを求める声、行動経済学の観点で「自制心の問題ではない」という専門家の指摘、幼稚園授業料を毎月補助している自治体の例も紹介しました。
■支給回数の改善を
取材を終えて「何ともったいない」と思いました。支給と支出のタイミングがかみあわないというだけで、「健康で文化的な最低限度の生活」を保障する生活保護の理念と、生活の安定という手当の理念が十分発揮されていないのです。一刻も早く「支給回数の改善」を実現してほしいと思います。(錦光山雅子)
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