川村元気さん
■川村元気の素
「ハリウッド巨匠と空想会議で大風呂敷」 川村元気さん
映画の猫はしゃべらない せか猫原作・川村元気さん
「告白」「悪人」「モテキ」「バケモノの子」「バクマン。」など数々の作品を手がけてきた映画プロデューサーの川村元気さん(37)は「生粋の文系男」を自認しています。その川村さんが解剖学者の養老孟司さんやドワンゴ会長の川上量生さん、宇宙飛行士の若田光一さんら理系のトップランナー15人と対話。その内容をまとめて、今年4月、「理系に学ぶ。」(ダイヤモンド社)を刊行しました。理系コンプレックスを抱えていた川村さんが2年間の対話で感じた「理系と文系が融合する時代」とは?
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■「人間に主体性なんかない」
――「理系に学ぶ。」や小説「世界から猫が消えたなら」など、本を書く仕事は誘われて始めたそうですね
「映画以外の仕事は基本的に、能動性があまりないんです。誰かから誘われて、最初はできないと思うのですが、話しているうちにやりたくなるパターンが多い。でも、僕は意外とその方がいいと思っているんです。ドワンゴの川上さんが『人間に主体性なんかない』とはっきり話していて、一理あるなと思ったんです」
「良い仕事に必要な要素の一つに『偶然性』があると思っていますが、誘われて仕事をするのって、まさに偶然じゃないですか。自分が『これをやりたい』と選ぶのはすごく必然的だから、やっぱり限界が出てくる。そこで、人から『こういうことをやった方がいい』と言われたことをやることで、自分を発見することも多いです」
■「映画の主人公が理系人に」
――その中で、理系の人たちと対話を始めたきっかけは
「僕は大学も私立文系で、理系科目の才がないんです。憧れはありましたけど、数学や物理が本当に苦手で。新聞記者の方もそういう方多いと思いますが(笑)」
「映画や小説の仕事をするようになって、理系から逃げ切れたと思っていたら、最近は映画の主人公に理系の人がなっている。フェイスブック創設者のマーク・ザッカーバーグ(映画「ソーシャル・ネットワーク」)やアップルの創業者スティーブ・ジョブズ(映画「スティーブ・ジョブズ」)、そして物理学者のスティーブン・ホーキング博士(映画「博士と彼女のセオリー」)。昔は、ロックスターや政治家が主人公でしたけど、今は映画の主人公になりうる政治家なんかいない」
――世の中が理系の主人公を求めているということですか
「映画の主人公は、世界を動かしている“世界の主人公”だと思っています。だから、スティーブ・ジョブズやマーク・ザッカーバーグが登場するようになって、『これはもう、理系から逃げられないな』と思ったんです」
「『苦手な分野に挑戦することで人はギリギリ成長できる』というテーマを、僕は自分に課しています。それで、理系と向き合おうと。養老孟司さんや川上量生さん、若田光一さんなど15人と2年間かけて話をしました」
■養老さんも最先端
――対話する相手はどうやって決めたのですか
「サイエンスやエンジニアリング、テクノロジーなど色んなジャンルの人と対話をしていますが、まずトップであること。あとは最先端であることや現役であること。この辺にこだわりました」
――最初の相手が、78歳の養老孟司さんでしたが
「『僕は虫を取っているだけだよ』とおっしゃっていましたが、養老さんは相当に最先端だと思いました。人間の解剖や昆虫研究家としての虫取りといった、養老さんが取り組むオフラインの分野に結局、時代が戻ってきているんです」
――どんな点で?
「15人と話す中で、理系の世界はオンラインからまたオフラインに移行していくと確信しました。ロボットクリエーターの高橋智隆さんが話していますが、今はオンラインの世界が行き過ぎて、『インフレみたいなことが起こってしまって、またプロダクトとかリアルなものを所有したい感覚が戻ってきた』と」
「オンラインの話を聞けると思っていたら、他の人と話しても『オンラインが飽和状態にある』とか、『生み出されたプログラムをオフラインでどう使うか』という話が出るんですね。こっちは一周遅れのテクノロジーで満足していたんだなと、目から鱗(うろこ)が落ちる話ばかりでした」
■人間の幸せに理系は切実に向き合っている
――ほかには、どのような発見がありましたか
「マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボ所長の伊藤穣一さんとも話しましたが、『理系と文系が混ざらないと面白いものは生まれない』というのははっきりと感じました。理系と文系の違いを追究するために始めた対話ですが、途中から『やっていることは同じだな』と思ったんです。同じ山を違う道から登っているだけで」
「『どうしたら人間は幸せになれるか』『人間は何を美しいと思うか』といったことを、僕のような文系がストーリー、場合によってはジャーナリズムや政治で取り組む一方、理系の人たちはテクノロジーやサイエンス、エンジニアリングで実践しているだけなんですね。文系の僕からしたら、『よく分からないけど何か研究している人』ぐらいにしか思っていなかった理系の人たちですが、彼らの方が、切実に、人間の幸福や美しさにどう寄与できるかということに向き合っていたんです。そんな当たり前なことに途中で気づかされました」
■対話ではなく通訳
――映画監督の山田洋次さんや作家の沢木耕太郎さんらと対話した2014年の著書「仕事。」と合わせて27人と対話をしました。川村さんが得たものは何ですか
「『仕事。』は巨匠たちに対して『僕と同い年だった時、何をしていましたか?』と尋ねていきました。そして“理系が観(み)ている未来”をテーマに置いたのが『理系に学ぶ。』。この二つの対話集で僕は本当に成長することができました。読者が面白く、わかりやすく読めるように、自分できちんと言葉にして、ストーリーを作ったからです」
「自分が完全に理解していないと、人に語れないと思うんです。だからこの対話集も対談というよりは“通訳”のつもりでした。理系の人たちが考えていることや山田監督のような巨匠が話していることを、どうやって自分でも分かる言葉にして、文章にするか。ただ対話するだけではなくて、物語にすることがすごく重要だと思っていました」
「その作業は、いかなる仕事でもそうです。何かを聞いて、分かった気になるだけでなくて、きちんとそれを文字にする。物語化されていることが、僕にとってはすごく重要なんです。面白かったことでも、テキストにした途端につまらなくなる時は、ちゃんと通訳できていないからだし、書き手の解釈が入っていないから読ませる物になっていないんですよね」
「だから『理系に学ぶ。』も、中学生が読んでも分かってもらえるよう、最先端のテクノロジーに興味を持ってもらえるよう、文章にこだわりました。新聞学科出身なので、活字に愛着もありますし。でもどこかで、活字を練っていると『理』に落ちて行きがちだという思いもあります。だからこそ、普段の映画製作で俳優の肉体性や音楽の瞬発的な素晴らしさに触れていると、つくるものに偶然性を加えることを考えてしまう。色々なファクターの中から、テーマとアイデアと偶然性の『三点倒立』をどう成立させるかを繰り返しているんです。ただ今は、自分の手法が整理されてきてしまっている分、偶然が入り込む余地が少なくなってきて“思わぬ伸びしろ“が作りにくくなっているのが課題だと思っています」
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かわむら・げんき 1979年、横浜生まれ。上智大学文学部新聞学科卒業後、映画プロデューサーとして「電車男」「告白」「悪人」「モテキ」「バケモノの子」「バクマン。」などの映画を製作。2011年には優れた映画製作者に贈られる「藤本賞」を史上最年少で受賞。12年の初小説「世界から猫が消えたなら」が130万部突破の大ベストセラーとなり映画化。近著にハリウッドの巨匠たちとの空想企画会議を収録した「超企画会議」(KADOKAWA)がある(聞き手・丹治翔)