楽天イーグルスのオコエ瑠偉選手=仙台市泉区
■東北楽天ゴールデンイーグルス オコエ瑠偉選手
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【動画】甲子園の思い出を語るオコエ瑠偉選手
第98回全国高校野球選手権大会(朝日新聞社、日本高野連主催)の地方大会が開幕した。仙台育英(宮城)が東北勢悲願の初優勝へあと一歩に迫った昨夏の甲子園。秋田商が8強、16強には花巻東(岩手)、鶴岡東(山形)が進み、東北旋風を巻き起こした。同じ大会で関東一(東京)のリードオフマンとして活躍し、東北楽天ゴールデンイーグルスの一員となったオコエ瑠偉選手に話を聞いた。
関東一は、他のチームよりも全体練習が短く、早い時は2時間半で終わりました。でもみんな夜遅くまで自主練をしていて、入学直後は驚きました。午後6時から午後10時の4時間は試合の課題に応じて、自主練をするようになりましたね。時間の感覚がなくなって、気づいたら「こんな時間か」ということがよくありました(笑)。走り込みとか、冬場の練習は本当にきつかったです。56秒以内にグラウンド1周を10本、それも練習の最後になんです。仲間がいないと乗り切れなかったですね。
1年の秋の関東大会で勝って、春の甲子園出場が決まりました。遠い存在だった甲子園を初めて身近に感じて、あそこでプレーしたいと思いました。打撃練習を一生懸命やりましたけど結局、甲子園のベンチには入れませんでした。その時、同級生がベンチ入りして、正直悔しかったです。
当時の自分自身を振り返ると、とんがってたなと思います。センターを守っていた先輩は足も速く、守備も小技もうまい不動のレギュラーでした。その先輩に絶対勝ってやろうと思って練習していただけだったんです。味方も敵視するようになっちゃって、これでは良くないなと気付いたんです。どうしたら監督は使ってくれるかなと考えました。先輩にすべて勝てなくても、自分にしかできない部分を磨いていけばと思えるようになりました。そうしたら、2年の春の大会からレギュラーで出られるようになりました。
3年間、家族以上に一緒にすごす仲間全員が、同じ方向に向いて練習している実感がありました。もうあれですね、昨夏の大会は、始まる前から甲子園に行ける気しかしていませんでした。これだけやればさすがに勝てると思うくらい練習していましたから。甲子園の興南(沖縄)戦までは試合でリードすら許さなかったので、大きな自信になりました。準決勝で東海大相模(神奈川)に負けたときは「やりきった」という気持ちしかなかったです。後悔はまったくありませんでした。
甲子園で戦っている時は、プロなんて考えてもいませんでした。18歳以下ワールドカップの代表に選ばれ、現実味を帯びてきました。プロの方がレベルが高いので、今まで以上に努力しないとだめだと思います。試合後、いつも1時間近くバットを振るので、手はボロボロです。
仙台の印象は「元気そうな街だな」というくらいしか、まだわかりません。ただ、被災地に行った時に、5年もあればある程度は復興しているんだろうと考えていたんですが、あまり進んでなくて。東京でテレビで見てはいたんですが、現地に行かないとわからないことがあると思いました。
それでも、仙台育英や聖光学院(福島)、秋田商、八戸学院光星(青森)など東北には強いチームが多いじゃないですか。レベルが高い地域だと思っています。甲子園に行けないと最初っからあきらめるんじゃなくて、絶対可能性はあるはずなので、最後まで頑張ってもらいたいですね。(聞き手・山田雄介)
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おこえ・るい 1997年7月21日生まれ。東京都東村山市出身。ナイジェリア人の父と日本人の母の間に生まれる。小1から野球を始めた。最初は捕手で、小6から外野手になった。50メートル5秒9の俊足を武器に、昨夏の全国選手権大会では49年ぶり史上2人目となる1イニング2三塁打を記録。18歳以下ワールドカップの代表にも選ばれ、最優秀守備選手に輝いた。昨年のドラフトで1位指名を受け、楽天に入団。背番号は9。座右の銘は「一心不乱」。185センチ、90キロ。右投げ右打ち。