「ヒトラー」と書かれた身分証明書を手に半生を語るロマーノ・ヒトラーさん=独ゲルリッツ、玉川透撮影
戦後のドイツでは、ナチスの独裁者アドルフ・ヒトラー(1889~1945)と同じ「ヒトラー」姓を持つ多くの人が名前を変えた。「アドルフ」というファーストネームは忌避されてきたという。戦後70年余りを経た今も独国民の心に残る爪痕が見える。
ドイツで「最も難儀な名前を持つ」と言われる男性が、独東端の町ゲルリッツにいる。ロマーノ・ヒトラーさん(65)。自宅を訪ねると、表札は偽名だった。「いたずらを避けるため」という。居間の壁には、ヒトラー総統とメルケル首相の肖像写真が並ぶ。国際テロ組織アルカイダの指導者だったオサマ・ビンラディン、旧東独のホーネッカー元国家評議会議長の写真も。「偉大な人物」の肖像集めが趣味だという。
本名なのか? 半信半疑でいる記者に、ロマーノさんはドイツ国民が持つ身分証を見せてくれた。確かに「ヒトラー」とある。町の担当課に後で問い合わせると、ヒトラー姓で住民登録していることも確認できた。どうやら本物だ。
「学校を中退。ろくな職に就けず、結婚もしなかった。この名前のせいです」
ロマーノさんの説明によると、東独で生まれ、6歳の時に両親とオーストリアに逃亡。ブラチスラバ(現スロバキアの首都)の孤児院に預けられた。18歳までポーランド人の里親に育てられたが、元々持っていた旅券は「なくした」。各地を転々とし、今は生活保護を受けているという。
「自分はヒトラー総統の叔父と親戚筋だ」とロマーノさんは信じているが、確たる証拠はない。
独ライプチヒ大学などでドイツ人の名前を長年研究してきた言語学者ユルゲン・ウードルフ氏によれば、ヒトラー姓は独南部バイエルン地方やオーストリアに伝わる「地下水脈」「泉」などを表す方言が語源だという。ヒトラー総統と血縁関係でない人々も、戦後は偏見や迫害を恐れて多くが改姓したと言われる。
ロマーノさんはなぜ改姓しなかったのか。「私自身が悪いわけではないのに、名前を変えるのは納得できなかった」。だが死後、墓石に名前は刻まないつもりという。「ネオナチに悪用されたくありませんから」(ゲルリッツ=玉川透)