プロ野球・読売巨人軍の新人契約金をめぐる朝日新聞の報道に関して、朝日新聞社の「報道と人権委員会」は11日、委員会が2012年7月に出した見解の見直しを求めた巨人軍の申し立てについて、再審理しないことを決め、通知した。
通知書は、委員会の使命・目的について、取材報道に関し寄せられた苦情のうち、解決困難な事例を公平に調査し、簡易・迅速な解決に努めることとしている。主な対象は一般の個人で、司法による解決に委ねた方がよい場合や訴訟を起こした案件は受けないが、12年の申し立て当時の巨人軍の意向を踏まえて受理した、と経緯を説明している。
さらに、巨人軍は12年の委員会見解を不服として裁判を起こし、しかも裁判はすでに終了していると指摘した上で、今回の申し立ては、巨人軍が裁判の過程で「新たに追加した主張の審理を求めているにすぎない」とした。結論として「委員会の使命と目的を根本的に誤解している」とし、審理に入る「特段の合理性も必要性も認められない」とした。
朝日新聞の12年3月の一連の記事をめぐるこの案件では、委員会が巨人軍の申し立てを受けて審理し、同7月、「報道と取材に問題なし」との見解を出した。巨人軍は同12月、朝日新聞社に5500万円の損害賠償と謝罪広告の掲載を求め提訴した。
一審の東京地裁は巨人軍の請求をいずれも棄却。二審の東京高裁は、巨人軍が新たに追加して主張した一部には理由があるとして330万円の損害賠償を認容したものの、記事の「相当部分を占める事実には名誉毀損(きそん)は成立しない」とした判決が昨年11月に確定していた。巨人軍はこの経緯を受けて、昨年12月、申し立てていた。
報道と人権委員会は、朝日新聞社に常設の第三者機関として01年に設置された。現在は、長谷部恭男早大教授、宮川光治元最高裁判事、今井義典元NHK副会長が委員をつとめている。
〈読売巨人軍の話〉 朝日新聞の報道による名誉毀損を認めた司法判断が確定したにもかかわらず、「報道と人権委員会」が見解を正さないばかりか、審理すらしないことに驚きを禁じ得ません。救済機関であるはずが、役割を果たさなかったことは残念です。朝日新聞は、判決の趣旨をゆがめるコメントを掲載しており、その見直しも人権委に求めていきます。
■報道と人権委員会 通知書の全文
報道と人権委員会が読売巨人軍に送った通知書の内容は次の通り。
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当委員会は、取材・報道による被害の救済等を自律的に図ることを目的として2001年に設置されました。社外の委員3人で構成され、朝日新聞等の記事などに関する取材・報道で、名誉毀損(きそん)やプライバシー侵害などの人権侵害や報道倫理に違背する行為があったとして寄せられた苦情のうち、株式会社朝日新聞社(以下「朝日新聞社」という)との間では解決の困難な事例について、第三者の立場から公平に調査・審理し、簡易・迅速な解決に努め、審理の結果や解決案を見解として提示することを使命としています。救済の主な対象として想定しているのは、社会に広く訴える手段を持ち合わせていない一般の個人であり、司法による解決に委ねた方がよいと判断した案件や申立人が訴訟を提起した案件は受け付けず、政治家等公人からの苦情も原則として受け付けません。また、企業・団体からの申し立てを取り上げるのは、3委員の意見が一致した場合に限っています。
朝日新聞が2012年3月に報道した「読売巨人軍が球界で申し合わせた新人契約金の最高標準額を大幅に超える契約を多数の選手と結んでいた」ことを主要な内容とする一連の記事をめぐり、読売巨人軍と同球団所属の4選手は同年4月、当委員会に対して、朝日新聞社は訂正記事とお詫(わ)びを掲載する等の是正措置をとるべきであるとの見解を示すよう申し立てられました。当委員会は、申立人側の意向を踏まえて慎重に協議したうえ、3委員の一致した意見でこれを受理して調査・審理に入り、同年7月12日に見解(以下「本件見解」という)をまとめて公表しました。
ところが、読売巨人軍は同年12月、東京地方裁判所に対し、同一の事件に関して、朝日新聞社を被告とし、謝罪広告の掲載と5500万円の損害賠償を請求する訴訟を提起されました。
この訴訟に関し、東京地方裁判所(民事第7部)は2015年9月、読売巨人軍の請求をいずれも棄却しました。読売巨人軍は控訴し、その中で、一審では争点となっていなかった、読売巨人軍と6選手との契約の一部は、同時期の他球団の選手の事例と同様に「NPB(日本野球機構)から厳重注意処分を受けたことと同類の不正行為であり、同じ処分に相当する」とする事実摘示により名誉を毀損されたという主張を新たに追加されました。東京高等裁判所(第11民事部)は昨年6月、本件記事の主要部分について名誉毀損であるとする読売巨人軍の主張を退け、謝罪広告の掲載請求も棄却しましたが、読売巨人軍が追加した上記主張については理由があるとして、330万円の損害賠償を認容する判決を下しました。読売巨人軍および朝日新聞社はそれぞれ最高裁判所に対し上告受理申立てを行いましたが、最高裁判所(第一小法廷)は昨年11月、「法令の解釈に関する重要な事項を含む事件」等であるとはいえないとして双方の上告受理申立てを退けたため、二審の東京高等裁判所の判決が確定することとなりました。
読売巨人軍は一部について名誉毀損が認められたという経緯を受けて、当委員会に対して、本件見解を是正等するよう申し立てています。しかしながら読売巨人軍は、当委員会の見解を不服として裁判を提起し、裁判はすでに確定判決を得て終了しています。しかも、本件申し立ての実質は、控訴審において読売巨人軍が新たに追加した主張に関し審理することを求めるものにすぎません。にもかかわらず、同一の事件について当委員会に対し改めて申し立てを行い、本件見解の是正を求めることは、前述した当委員会の使命と目的を根本的に誤解しているものというべきであり、申し立てに応じて審理に入ることには特段の合理性も必要性も認められないと考えます。