県議会の各会派代表者会議に先だって「相互に礼」をする県議と議会事務局職員=4月10日、甲府市丸の内1丁目の県議会議事堂
「あいさつを交わします。相互に礼」――。山梨県議会では、本会議や委員会で毎回、最初と最後に、この声かけで全員が立ち上がって頭を下げるのが当たり前だ。私は富山県や神奈川県に赴任してきたが、こうした光景は初めて見た。いつからなぜ始まった慣例なのか。起源を探ってみた。
「相互に礼」は、県庁内の会合でも見かける光景だ。県警担当の同僚に聞くと、警察官の訓練の前などでも行われているという。市町村担当の記者も「よく見かけるけど、山梨独自では」。みんな同じように感じていたらしい。
まず最初に県議会事務局の深沢肇事務局長に聞いてみると、「私たちとしては、普通なんですが」といいつつ、県議会でいつから行われているのか、議事調査課が調べてくれることになった。
後日、結果を聞くと、本会議の最初と最後に相互に礼をするのは、2001年の9月定例会からと分かった。県議会では比較的新しい慣例だったのだ。
議事調査課によると、記録が残っていた。当時の議長の発案を受け、各党派代表者会議で決めたという。「青少年犯罪の凶悪化を憂慮し、明るい社会づくりのために、心のこもったあいさつを交わすことが必要」「政治は最大の道徳であるから、県議会が率先してあいさつをしていこう」との趣旨で、委員会も同じ時期に行うようになったという。
ほかの46都道府県議会の事務局にも北から順に電話してみた。本会議で毎回、最初と最後に全員で礼をする慣例があるのは、栃木、徳島、愛媛、高知の4県。かけ声はいずれも「ご起立願います。礼」だった。また、定例会初日の本会議冒頭と最終日の最後に行うのは奈良と香川。やはり少数派なのだ。
そこで、始めた当時の県議会議長、保坂武・甲斐市長を訪ねた。県議になる前の旧竜王町議会で行っていたので、県議会でも取り入れたそうだ。「神聖な場所でザワザワと始まるより、礼に始まって、礼に終わるべきだと思った。執行部とかんかんがくがくの議論をしても、最後に相互に礼を交わすことで人間関係も保てる」と趣旨を教えてもらった。「相互」には議員と執行部の意味も込められているようだ。
県内の27市町村議会の事務局に聞いてみたところ、現在やっていないのは3市のみ。「相互にあいさつをします」「互礼を交わします」など言葉は様々だったが、「40年以上やっている」(小菅村)のように、市町村議会では、だいぶ前から続いているようだ。
では、県庁内ではいつからやっているのだろう。職員の服務規定を取り扱う人事課に聞いてみたところ、行事の時に相互に礼をするという決まりは特にないという。1983年入庁の中沢宏樹・総務部次長兼人事課長は「若い時から、ずっとやっているのでいわれはわかりませんが、慣例として、辞令交付式や知事訓示など改まった時に行っています。最初と最後で、きちっと締まっていいと思います」とのこと。
ただ2015年秋から、監査委員や人事委員など、県職員以外の人への辞令交付の際は行わないことにしたとの記録が残っていた。後藤斎知事と当時の新井ゆたか副知事から、外部の人に礼を促すことに「違和感がある」との指摘があり、内部行事のみで行うようになったそうだ。
結局、県内では以前から相互に礼をする慣例があることはわかったが、起源までさかのぼることはできなかった。でも、なぜこのような慣例が生まれたのか。「新・出身県でわかる人の性格」などの著作があり、県民性に詳しい出版プロデューサーの岩中祥史さん(66)に見解を聞いた。
岩中さんによると、山々に囲まれた山梨では無尽文化が残るように、お互いに助け合う気持ちが強く、そのため閉鎖的な空間の中では、嫌われたり、疎外されたりしないために、礼儀作法などの習慣を確立しないといけない面があるとのこと。「山梨の県民性の特徴の一つとして、意思が強く、義俠(ぎきょう)心の強い面があるため、議会のような場所では、シビアな課題に対して激しくぶつかり合うこともある。あいさつを交わすことが、人間関係を保つ防御装置になっているのではないか」
「相互に礼」の効果について、儀式やパフォーマンスに詳しい山梨大大学院教育学研究科の木村はるみ准教授(舞踊人類学)は、「誰に対してでなく、互いにあいさつを交わすことは平等感がある。何より姿勢を正すことで、負の感情を浄化しバランスを保つ、一種の『清め』の効果が生まれる」と話す。
何げない慣例でも、山梨の風土の中で、人間関係を良好に保つためのいにしえからの知恵が潜んでいるのかもしれないと思った。(中沢滋人)