幼稚園時代はスケートとともに水泳も習っていた高木美帆(本人提供)
5日は「こどもの日」。来年2月の平昌(ピョンチャン)五輪をめざすトップアスリートたちは、どんな子ども時代を過ごしたのか。スポーツが苦手だったり嫌いだったりした選手もいる。どう克服し、腕を磨いたのか。日本スピードスケート史上最年少の15歳で2010年バンクーバー五輪出場を果たした高木美帆(22)=日体大職=に、子どものころを振り返ってもらった。
■陸上では「追い込み型」
4月末、ラベルに「陸上大会」と書かれた一本のビデオテープが会社に届いた。子ども時代を動画でも紹介したいと伝えると、高木は快く提供してくれた。ただ、本人は中身を確認していなかった。そこで編集したものを記者と一緒に見た。
中身は小学5年の北海道小学生陸上大会。出場した800メートルや100メートルのレースが収められていた。当時は学年の中で背が高い方だった。100メートル走では、レーンに並んだ他の選手と比べて頭一つ抜けている。「やっぱり(背が)大きかったんだ」と高木は声を上げた。レースではぐいぐいと後半に加速。「おー。追い込んでいく。私、追い込み型だったんですね」と小学生時代を懐かしんだ。
高木がスケートを始めたのは5歳の時。意外にも好きではなかったという。
「寒いし痛いし、楽しくないし。特に足は寒いから余計に痛い。当時はその思いしかなかったですね」
3人きょうだいの末っ子で、兄の大輔さんの影響でスケート靴を履いた。小学校低学年のころは、北海道・帯広の森を練習場所に活動する小学生クラブチーム「KSC」で滑りの基礎を学んだ。自分の小学校以外の子どもたちも大勢いた。「リンクに行けば、地域の友達に必ず会えた。滑りを通して触れ合えるその時間が楽しみだった」。つらかったスケートを続けられた理由をそう語る。