学校のいじめ、実態と対策は
「小さないのち 大切な君」の連載で、多く反響が寄せられたのが、仙台市で2人の男子中学生が相次いで命を絶った悲劇をたどった記事(4月23日掲載)でした。いずれも学校でいじめを受けていました。その後も中学生の自殺が続いています。いじめをなくすために、起きたいじめを解決に向かわせるために、何ができるのでしょうか。
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特集「小さないのち」
■学校が嫌なら休ませて
「子どもがいじめを苦に学校を嫌がったら、休ませて。そうしないと子どもの命を守れません」。娘がいじめを受けた経験があるという関東地方の男性公務員(50)から、こう訴えるメールが届きました。
大学2年生の娘(19)は小学4年生のある日、「3人の女の子から顔に水をかけられ、ほかにもすごく嫌なことをされた」と絞り出すように言い、号泣したそうです。担任教師に相談してもいじめは収まらず、娘の希望で転校したものの、転校先でもいじめに遭いました。
男性自身も小学6年生の時、同級生から暴力を受け、3カ月間、不登校になりました。「死にたい」と思い詰めることもあったといいます。
男性は「とにかく命が第一」と考え、娘に自分の体験を話して「無理しなくていいよ」と言いました。娘は小学5年、6年の間、ほとんど学校に行きませんでした。塾は続け、中高一貫校に合格。中高の6年間は1日も休まず通学したそうです。
役所では児童福祉を担っている男性は「学校に行かなくなったら人生終わり、と思い込んでいる親や子が多くいますが、決してそんなことはありません」と話します。一方で、不登校という選択をしやすくするには、「フリースクールなど学校以外の選択肢をもっと増やすべきです」と指摘しています。
■「当事者」を深く理解できたら
ゲイであることに悩み、いじめに耐えかねて自殺を試みた田中太郎さん(30)の体験をつづった記事(4月25日付)に対し、田中さんの高校時代の同級生だった岡本詩織さん(30)からメールが届きました。
田中さんはムードメーカー的な存在で、皆から慕われる「愛されキャラ」だったそうです。ただ、クラスは悩みを話せる雰囲気ではなく、心にそんな深い傷を負っていることに、全く気づきませんでした。
岡本さんは、大学の授業で性的少数者から話を聞いたのをきっかけに理解が深まったといいます。「高校でこういう授業を受けられたら、身近に当事者がいるかもしれないという想像力を持てた。いま同窓会に行ったら、太郎くんのことを受け入れる人がたくさんいると思います」
田中さんは、つらかった中学、高校時代の卒業アルバムを捨てています。岡本さんの言葉を記者が伝えると、田中さんは「世界には優しい人がたくさんいるのに、僕は気づけなかったんですね。失った時間は取り戻せないけど、同じように悩む人たちがこのことに気づけるよう、頑張っていきたい」と話しました。
■「なぜ自殺」 10年癒えぬ苦しみ
いじめはあったのか、なかったのか。子どもを自殺で亡くし、死の真相が分からずに苦しむ親がいます。
2007年10月。青森県立八戸工業高校1年だった工藤健さん(当時16)が命を絶ちました。携帯電話のメールに遺書が残っていました。
「生きるのに疲れた/いろんな物のせいにしてたけど、結局部活が俺から離れることは無かった/もし俺が死ねなかったらそっとしておいて欲しい/説教も聞きたくない/理由も聞かれるだろうけどそれもやめて欲しい/もっと生きたかった/もう疲れた」
遺書にあった「部活」の二文字。「息子がどうして死んだのか。真相を知りたかった。無念を晴らしたかった。謝ってほしかった」と母親は言います。両親は11年、青森地裁に県を相手に提訴。裁判では、ラグビー部でいじめがあったかどうか、顧問の指導が適切だったかどうかが争われましたが、一審、二審ともいじめや不適切な指導は認定されず、両親の敗訴が確定しました。
約5年にわたる訴訟が終わっても、遺族であることに終わりはありません。「高校生活で何があったのか、自殺の原因を知りたいという思いが、一瞬も頭から離れない」と母親。いわれのない苦しみも受けました。「母親はパチンコに行き、息子の遺体を3日間も放置した」。そんなデマをネットに書かれました。心にトゲが刺さったように、その痛みは健さんの死から10年近くたった今も残っています。
国立精神・神経医療研究センターの松本俊彦・薬物依存研究部長は「自殺の原因をきちんと調べ、分析する必要があります。それは遺族の求める真相解明に応えるだけでなく、自殺防止対策の基礎にもなる」と訴えます。そのために、あらゆるケースで関係者からの聞き取り調査が大切だといいます。
■個々の教師にゆだね過ぎ
いじめにどう対処するのか。寄せられたさまざまな声の一部を紹介します。
●どんな弱みもお互い様
私の息子には吃音(きつおん)があります。小中学生時代、返答がつかえるとはやし立てられたり、授業の発表でつらい思いをしたりしました。高校でも部活の先輩から「お前しゃべれないの?」と言われて人が怖くなり、「死にたい」と口に出したことも。現在は高校に行けていません。
理解のないひと言が、本人にとって受け止めきれないほどの心の傷になります。「あえて口にしない」「どんな弱みもお互い様」と教育しなくては現状は変えられません。ずっと頑張ってきた我が子を誇りに思います。彼の人となりを認めてくれる人々に出会えるよう願っています。(名古屋市 渡辺一乃さん 49歳)
●「チクッた」言われぬよう
中学校教員になって19年になります。いじめ被害を訴えてきた生徒には「勇気を出してよく相談したね」と伝えます。慎重に情報を集め、複数の証言を得て、いじめた生徒に事実を確認して指導します。大切なのは「そのいじめはみんな見ていた。みんなやめてほしいと思っている」と、いじめた側に伝えること。被害者が「チクった」と言われ、いじめが再発するのを防ぐためです。いじめ対応が、個々の教師の力量にゆだねられ過ぎていると感じます。いじめ解決のノウハウが、広く共有される必要があると思います。
(佐賀県出身 40代男性)
●教育界にいじめ体験者登用を
いじめを受けている子どもに将来、教育の場で活躍したいと希望を与える視点も必要だと思います。教員採用試験や教育委員会委員の任命で「いじめの体験」も考慮し、いじめを受けた体験者が教壇に立ったり、教委に加わったりすれば、いじめ問題の解決に向けた前向きな展開が期待できるのではないでしょうか。(茨城県 大井英臣 77歳)
■ストレス発散できる環境に 評論家・荻上チキさん
多くのいじめは休み時間に教室で起きています。大人なら会社の休憩時間、お菓子を食べたり、コンビニに行ったり、LINEでやりとりしたりするのに、学校ではゲームや携帯電話、飲食も禁止、外にも出られない。たくさんの楽しい選択肢を奪われ、ストレスの発散先がいじめに向かうのです。校則を緩めて多少の飲食を認めるなど、子どもたちのストレスがたまりにくい環境を学校がつくっていく必要があります。
ただ、今でも多忙な教師だけに負担を押しつけるのは問題です。常に2人以上の大人が教室にいるよう、人員を増やすべきでしょう。
いじめに遭うと1人で抱え込んで何も考えられなくなり、選択肢が狭まってしまう。だからSOSを出しやすくしてあげることが大事です。いじめた側は「チクった」と言うかもしれないけれど、それは相手を悪者にして自分を正当化しようとするひきょうな言い分。「もしまた何か言われたら先生が対応するから、どんどんチクりましょう」。子どもたちにそう伝えるのです。
「相手に言わないで」という子には、勝手に行動しないと約束しつつ、大人が立ち入ることを納得してもらうよう働き掛けましょう。
子どもはメディアの世界を模倣し、誰かをいじって笑いを取ることを「学習」してしまうことがあります。同意している芸人同士だから成り立つことだと、親が日ごろから伝えることが大事です。
ただ、教師と同様に、家庭の負担もむしろ減らしてはどうでしょうか。勉強の指導や料理を外に任せたり、場合によって育児も、地域の人に入ってもらったりする。子どもとの会話に専念し、子どもの変化に気づけるようにするためです。
地域の力が弱まっていると言われますが、NPOなどの活動はむしろ充実してきています。いかに地域につなぐかが課題と考えます。
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日本では仲間外れや無視、陰口といった暴力を伴わないいじめの割合が高い、という調査結果があります。大人の世界にも蔓延(まんえん)しているふるまいです。「いじめている」という認識は、たぶん当人たちにはないでしょう。子どもたちのために、まずは我が身を日々、振り返っています。知らず知らずに誰かを追い込んでいないか、と。(片山健志)
◆ほかに大岩ゆり、岡崎明子、久永隆一、山田佳奈が担当しました。
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