ア杯本戦のレース。前を行くNZ艇(右)の乗組員たちは、下を向いて懸命に自転車のペダル状のものをこいでいる。一方の米国艇(左)は手でハンドルを回している=AP
「海上のF1レース」とも称され、各国のチームが技術力を結集して臨む世界最高峰のヨットレース、第35回アメリカズカップ(ア杯)は26日、驚きの結末を迎えた。これまでの常識を覆し、「手動」で回すのではなく「足こぎ」方式のヨットを導入したニュージーランド(NZ)チームが、下馬評を覆して圧倒的な速さで優勝したのだ。
米ニューヨークから飛行機で約2時間。米東部沖に浮かぶ英領バミューダ諸島近海で行われたレースで、NZの挑戦艇エミレーツは、4年前の前回大会覇者で3連覇を狙った米国の防衛艇オラクルを通算8勝1敗で破った。
画期的だったのは、エミレーツのヨットが「足こぎ」方式だったことだ。水中翼などを動かすための油圧を供給するシステムは、通常は手で操作するのが主流だ。グラインダーと呼ばれる4人の乗組員がハンドルを手で回す。
米国艇オラクルだけでなく、オラクルへの挑戦権をかけてエミレーツと5月から挑戦艇決定シリーズを戦った日本、英国、フランス、スウェーデンのヨットもすべて手動だった。
だがエミレーツの4人のグラインダーは、まるで競輪選手のように身をかがめて自転車のペダルのようなものを足でこいだ。本番を控えた4月下旬、記者がバミューダ諸島を訪れた時も、エミレーツの「足こぎ」方式はライバルチーム関係者の注目を集めていた。
本番会場での練習で、エミレーツの直進時のスピードは群を抜いているように見えた。手でハンドルを回すよりも、自転車のペダル状のものを足でこいだ方が、より大きな力を得られるのは、素人には当然のように思える。
だが、ヨットレースは直進だけすればいいのではなく、急なターンも求められる。ヨットの方向を変える時、ヨットの重心を変えるために、4人のグラインダーは一斉にヨットの右側から左側(またはその逆)に飛び移るように移動しなければならない。「足こぎ方式だと、こうした動作が遅れがちになるだろうし、必ずしも有利とはいえない」というのが各チーム関係者の大方の見方だった。
だがエミレーツは、挑戦艇決定シリーズの準決勝で、前評判の高かった英国艇を5勝2敗で退けた。日本艇「ソフトバンク・チーム・ジャパン」を準決勝で下したスウェーデン艇との決勝も5勝2敗で切り抜け、そして今回のア杯本戦では米国艇オラクルに圧勝した。
「空力やハイドロシステムなど各チームが技術を総動員する戦い。各チームとも企業秘密の技術もある」。本番レース前、ある大会関係者は説明してくれた。もちろんエミレーツには「足こぎ」のほかにもたくさんの高い技術が詰まっていたのだろう。ただ、唯一足こぎに変えたチームが圧勝するという、あまりにも分かりやすいフィナーレとなった。(平井隆介)