後藤正文さん=東京都港区西麻布、篠田英美撮影
人気ロックバンド「アジアン・カンフー・ジェネレーション」(アジカン)のボーカルで静岡県島田市出身の後藤正文さん(40)も、20年以上前、甲子園を目指して白球を追った球児の一人だ。監督に怒鳴られたり、試合に出られずに一度部活を辞めてみたり……。うまくいった経験は3年間で数えるほど。でも、だからこそ言える。「悔しい気持ちを味わったからタフになれた。ベンチだから見える景色もある」
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小学2年の時、親のすすめで地元のソフトボールチームに入りました。その流れで中学は野球部に。同級生には掛川西で主将として甲子園に出たやつもいて、そこそこ強かったです。
中3の時は右翼手のレギュラー。印象に残っているのは引退試合かな。左翼線にパチーンと打って。田舎のグラウンドって広いから、そのままランニング本塁打になった。生涯で唯一の本塁打です。
高校は島田に行った。当時、後に島田商を率いて甲子園に行った芝田耕吉さんが監督だった。僕が入る前は決勝に行った年もあるんですよ。やっぱり野球がやりたかったんで、島田を選びました。
練習は大変。1年の頃は毎朝6時くらいからグラウンド整備。それから球拾い、声だし、坂ダッシュ。きつくて授業は全部寝ました。高校3年の時なんて文系で最下位でしたよ。
監督も厳しかった。ノックは島田球場のスタンドにぶち込むほどの打球で、えげつないバックスピンもかけてくる。練習試合の負け方が気にくわなくて、藤枝明誠から学校まで走って帰らされ、それから練習したこともあります。
監督はよくゴルフにいくので、その間はサッカーをしていました。見張りが「来ました!」って叫んだら、急いでバッティングマシンを準備した(笑)。優等生ではなかったですね。
高校の時、一度部活を辞めたんです。1年の冬に赤点の補習を受けていて、ふと「もう野球辞めよう」って思っちゃって。
中学の時は頭が悪くても「これからものすごく筋肉が発達して背が伸びて、もしかしたらプロになれるかも」とか思ったりする。でも高校に入って現実にぶち当たって、そういう夢とか希望とかが一個一個引っぺがされていくんです。丸裸の高校生になって、「もうプロになれるわけねえじゃん」って。
しかも友達は高校生を謳歌(おうか)している。海に行ったりスケボやったり。それを横目で見ているのが疲れちゃって、気持ちが折れた。
辞めてからはフラフラしていましたね。球なんて握りもしませんでした。
でも、「このままじゃいかんな」って引っかかるものがあった。このまま卒業すると中途半端な未練が残るとか、そもそもなんで島田を選んだんだとか。翌年の春先に丸刈りにし、監督に謝って復帰しました。
戻ってからも、きつかった。試合に出られず、練習試合も、相手の学校に行っておにぎり食べて帰るだけとか。メンタルを保つのは大変でした。でも、それは仕方ないこと。自分は半年サボってたんで。
最後の夏は二塁手の補欠でベンチに入れました。背番号は「12」。守備固め要員で、主に三塁コーチをしていました。最後の夏は4強で負けた。準決勝の相手は優勝した浜松工。0―8で負けていて八回から監督の温情で守備で出させてくれたんです。ゴロもさばいたし、打席にも入った。泣きはしなかった。ここまで来ただけでもすごいよ、と思ったから。
高校野球をやってて、レギュラーじゃなかったのは悪くなかった。小学校も中学校も、今までは何の疑いもなく高学年になったら試合に出られた。でも高校に入って、ベンチのやつはこんな思いでいるんだ、ってのが体験出来た。ベンチだから見える景色があるのかなと。それはずっと出続けているやつには絶対見えない景色だから。
甲子園に出て野球をやっている子がいる。その影にベンチにも入れないやつとか、1回戦で負けるやつらとか、いろんな人がいる。俺たちが楽しんで見ているのは一部であって全体じゃない。高校野球は、勝者というよりは敗者のメンタリティーで見ています。そういう風に感じられる、社会を見られるのはいいことなんじゃないかな。
全員に言いたいのは、野球が終わってからが人生だよ、ってこと。残酷だけど本当のスーパーマンしかプロにはいけない。この後の方がずっと長い人生が待っている。だから今は精いっぱい、伸び伸び野球楽しんでくれやと言いたいです。(構成・増山祐史)
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〈ごとう・まさふみ〉 1976年生まれ。高校まで野球に打ち込み、卒業後の浪人時代から音楽活動を始める。大学の軽音楽サークルで「アジカン」を結成、2003年に「未来の破片」でメジャーデビュー。17年の「荒野を歩け」は、映画「夜は短し歩けよ乙女」の主題歌になった。「ソラニン」「リライト」など多数のヒット曲がある。12年からソロ活動も開始。現在世界ツアー中で、最終公演は16日のブラジルの予定。