店の前でハイタッチをする長野さんと球児たち=北九州市八幡西区
夏の甲子園に5度の出場経験がある北九州市の県立校・東筑。その伝統校の球児たちを30年にわたり見守り続ける理容店が学校の近くにある。「きよみ理容館」。だが来年3月に閉店することが決まり、店主は「最後の夏は甲子園で応援したい」と願っている。
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「こんにちは!」。JR折尾駅から東筑に向かう住宅地。理容店のドアを丸刈りの球児が引くと、店主の長野順子さん(69)が笑顔で迎える。マメができてザラザラとした球児の手のひらとハイタッチ。「がんばっとるね」と声をかける。店内には歴代野球部の集合写真が飾られている。
長野さんと球児らの交流は1987年に始まった。
「野球部知っとる?」
店で髪を切っていた生徒が鏡越しに尋ねた。長野さんは「知らんねえ。興味ない」。生徒はその日、当時の野球部主将の白藤健一さん(47)を連れてきて紹介。福岡大会が始まるころには部員たちとあいさつを交わすようになった。試合のたびに部員らは「勝ちました」と店へ報告に来た。
その年、東筑は9年ぶりに夏の甲子園出場を決めた。長野さんは3年生たちの頭をきれいに丸刈りにして、甲子園に送り出した。「細かいルールはわからなかったけど、テレビを見ながら本気で応援した」
それから、部員たちは店の前を通るとき、ドアを開けてあいさつするのが恒例になった。96年の夏には、白藤さんたちのチームから届いていた甲子園の砂を当時の部員らに渡すと、その年、再び甲子園に出た。
卒業生たちと除夜の鐘を聞き、一緒にそばを食べたこともある。卒業後も月1回のペースで髪を切りに来る高校教諭の平山勝さん(47)は、妻を連れてきて結婚することを報告した。
娘と同世代だった部員らは孫の世代となり、長野さんは「ギャグが通じなくなってきた」と笑う。現在の主将の安部滉平君(3年)も、先輩をまねてあいさつするように。「店に行ったときにOBがいると紹介してくれ、元気になれる」
店は区画整理事業にかかり、来年3月に閉店することが決まった。安部君は「自分らが卒業した後、先輩みたいに寄るところがなくなるのは寂しいです」。長野さんは「続けたいけど体が持たなくなってきた。一つの区切り」と話す。
球児たちと一緒の時間が過ごせて、毎日が『青春』だったという長野さん。「最後の今年こそ、夏の甲子園で活躍するあの子たちのプレーを見たい」(新屋絵理)