インタビューで話す橋下徹氏=大阪市北区、伊藤進之介撮影
昨年11月の米大統領選でドナルド・トランプ氏が勝利して1年。「自国第一」主義は世界各国へ波及し、人種差別や難民排斥の動きも広がる。1年前に「大統領選の敗北者はメディアを含めた知識層だ」と指摘した橋下徹・前大阪市長が朝日新聞のインタビューに再び応じ、「ポピュリズムを生み出すのはメディアだ」と主張した。
GLOBE特集「激動の日本と世界 どう向き合ったのか」
――ドナルド・トランプ氏が米大統領選で勝利した直後、2016年12月の朝日新聞GLOBEの特集「トランプがきた」のインタビューで「民主政治というのは有権者の過半数の満足を得ていくというシンプルな話」と発言していました。今の状況をどう見ますか。
1年前に、トランプを支持した人は継続して支持している人が多いと思います。選挙で掲げたことに挑戦している。みんながありえないと言っていた「TPP離脱」や「パリ協定離脱」も表明した。反対側からは文句が出ているが、支持した人々の支持は離れていないように見える。
政治家として一番重要なのは、暮らしを安定させること。欧米では政治家を評価する一番の指標は雇用です。トランプのおかげかはわからない。むしろ、オバマ政権時代からやってきた結果なのかもしれないが、現実に米国の雇用は増えてきた。経済成長率も上がっている。
失業率がどんどん高まっているような世の中でない限り、国民が圧倒的な不満を抱くことはありません。一部インテリから見ればトランプの振る舞いに国民全体が怒り沸騰しているように感じるでしょうが、普通の有権者からすると、失業率が高まらない限り、政治への不平不満はそんなに膨らまない。
――安倍政権が圧勝した今回の総選挙とも重なる気がします。
安倍さんがやってきたことには問題がいろいろとあるかもしれない。でも、今までやってきたことが評価されたことも間違いありません。
失業率は下がり、就職率は高い。すべて安倍政治のおかげではないだろうが、現実の生活を考えれば、「おおかた、これでいいんじゃないか。ここで変えてどうする」ということでしょう。過去の暮らしとくらべてどうか、まあマシだったら今のままでというのが有権者の感覚です。
――インタビューでは「米国社会には分断はすでにあったんです。トランプはそれを正直に見せただけ」と語っていました。
成熟した民主国家においてひとりの政治家が社会を分断させることなんてできませんよ。政治家にそこまでの「力」はありません。
トランプの態度によって人種問題が先鋭化したところはありますが、それはもともと沸々とあった人種問題に「ふた」をして見えないようにしていたものを、トランプが開けただけだと思います。
政治には、二つのやり方があると思います。問題にふたをしながら、やりくりしていくのか。問題を表に出して「どうやって解決する?」と問いかけるのか。
トランプはパンドラの箱を開けた。ここからが勝負です。ここでアメリカ社会が本気で人種差別問題に取り組むのか。それともこれまで通り、「人種差別はダメだ」という言葉だけで取り繕うのか。
――米大統領選についてインタビューでは「今回の選挙の敗北者は、メディアを含めた知識層です」とも語っています。1年たって、今の日本や米国の動きを見ていて、どう考えていますか。
「ポピュリズム」はトランプ当選後に、すごく議論されました。僕は、ポピュリズムという言葉は嫌いです。政治権力が軍事力で国民を押さえつけ、報道の自由が守られていない国では、政治権力主導の本物のポピュリズムが生まれてくると思う。
しかし、権力分立が制度化され、報道の自由が守られている成熟した民主国家の場合には、仮にポピュリズムというものがあるとしたら、その原因はメディアにあると思う。
僕も府知事をやり市長をやり政党の代表もしたが、成熟した民主国家においてはひとりの政治家に国民全体を動かす「力」や「権力」なんてものはない。僕のふるまいで多くの票が集まることがあるとしたら、それはすべてメディアが媒介している。
メディアが僕を無視すれば、僕は票なんか集められないですよ。今のメディアはいわゆるポピュリズムを生む報じ方をしているし、その報じ方はおかしいという声が選挙後少しの期間、毎度のことながら上がるけど、メディアはその態度を抜本的には改めない。
成熟した民主国家においていわゆるポピュリズム的な政治を生み出すのはメディアです。ゆえにメディアが政治権力だけでなく、メディアをもチェックする、つまりメディア同士の相互チェックを徹底しないと、いわゆるポピュリズム的な扇動政治が生まれます。
成熟した民主国家を守ることも、また堕落させることもメディアがキーアクター。だからこそ報道の自由というものが重要なんです。しかし自由の裏には責任が伴っていることもメディアは自覚してほしいですね。民主政治を良くするのも悪くするのもメディアの責任です。
――インターネット全盛時代で、既存メディアの影響力は下がっています。
「下がっている、下がっている」とよく言われますが、ツイッターやブログ、SNS、ネット番組などと比べて、まだまだ既存のメディアの方が桁外れに力は上だと感じます。
もし既存メディアの影響力が落ちているとすれば、それはインターネットを十分に活用できていないのでしょう。既存メディアはもっとネットを活用して、権力チェック、そしてメディア同士の相互チェックをしてほしい。(聞き手・鮫島浩)