早稲田大学競争部合宿所の食事
厳しい食事制限をしたり、逆に過食を強いられたり、アスリートの食の苦しみを1月8日の紙面でお伝えしました。食本来の楽しみを味わうにはどうすればいいのか。紙面への反響を紹介しながら考えます。
「食べる」に苦しむアスリート 「軽く」「重く」の呪縛
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1月8日の紙面では
順天堂大学で女子陸上部監督でもある鯉川なつえ准教授が、日本の女子長距離界に「体重を減らせば速く走れる」という短絡的な指導がはびこっていると指摘。減量には、摂食障害や無月経、疲労骨折のリスクがあることも強調しました。
フィギュアスケートの平昌五輪代表の宮原知子さんは、疲労骨折を契機に今季は摂取カロリーを増やしました。体重が増え、滑りは力強くなったといいます。
柔道男子の元世界王者、秋本啓之さんには、減量苦を原因とする過食嘔吐(おうと)の経験がありました。
逆に、創価大野球部の下小牧淳也さんは、小学校時代から食べろと言われたのが苦で、試合中に吐き気をこらえることも。日大三高で小倉全由監督に「無理して食べるな」と言われて楽になったそうです。
「食べろ圧力」私も体験
1月8日の記事に対し、同じような苦しみを見聞きしたり、経験したりしたという声が寄せられました。
大阪府の40代の女性は、「個人的には、あの(野球界の)『食べろ』圧力(プレッシャー)は、『給食完食圧力』を連想させます」と手紙につづりました。自身も野球の指導者だといい、量を求める食事指導を、小学校での給食指導に重ね合わせて疑問を投げかけました。
別の40代の女性は、陸上の長距離選手だった息子さんが摂食障害で亡くなったといいます。「走り方やアスリートの食事について突き詰める一方、自分を追い込みハードな練習を重ねるうち、食生活が変化し次第にエスカレートしたように思う。『一体何のためのスポーツか。記録挑戦に意味などあるのか』と憤りさえ感じ、スポーツニュースは見るのさえつらい」とファクスに書き込みました。
東京都の田中朝登さん(22)は、昨夏までいた大学剣道部で試合前の食事管理に違和感を感じていたそうです。「(スタミナをつけるため)米、麺、パンなどの炭水化物を多く取ることが半ば強制のようにあり、入部当初は慣れず苦しかったです。食べることが嫌いではありませんが、個人の自由にさせてくれ、というのは自分勝手だったのでしょうか。剣道は重量別に試合が分かれているわけではないので正直あまり関係ないのではと思っていました」とメールで送ってくれました。
体の状態チェック、選手自らも
1月8日の記事へ反響を寄せてくれた一人に、スポーツ医学が専門の河合美香・龍谷大学准教授(50)がいました。長距離選手だった自身の経験も踏まえた内容でした。詳しく聞きました。
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スポーツも食べることも、本来は楽しいものであるはずです。でも、私がそのことに気付いたのは、競技生活を終えてからでした。
陸上の長距離選手だった私は、大学時代に体形の変化に悩みました。幅跳び専門の友人がダイエット本を読んでスリムになったので、まねをしました。食事の大半はご飯やパンといった炭水化物で、肉や魚といった脂質やたんぱく質はほとんど食べませんでした。体重は減りましたが、疲れは取れず、ケガも重なりました。大学3、4年の頃は、日常生活もままならない状態になりました。実業団で陸上を続けましたが、ケガで引退しました。
十分な知識がなく、「自分は意識が高く、正しいことをやっている」と思っていました。大学院で栄養学を勉強して、自分のダイエット法が間違っていたことに気付きました。私の高校時代の恩師で、2000年シドニー五輪マラソン女子金メダルの高橋尚子さんを育てた小出義雄さんが、「食べられる選手が強くなる」と言っていた意味が分かりました。
日本の陸上界では、小出さんのように、食べることの大切さを説く指導者は少ないように思います。勝つことを優先するあまり、選手に無理なダイエットを強要する指導者もいます。一方で、選手側も自主性を持ち、自分の体を管理する姿勢が必要ではないでしょうか。
自己主張をする選手は、指導者から煙たがられる現状もあります。でも、最終的に心や体に被害を受けるのは選手自身です。学生たちに、中学や高校での部活動の思い出を尋ねると、陸上に限らず「つらいだけだった」とか「3年間を返して欲しい」という声が想像以上に多く、驚いています。
いまの時代は、スマートフォンで情報が簡単に手に入る時代。選手は自分の体の状態をチェックしながら、何が必要かを取捨選択する力も必要だと思います。
食べることは、味覚だけでなく、様々な感覚を刺激します。盛り付けの彩りは視覚を、においは嗅覚(きゅうかく)を、かんだ時の音は聴覚を……、といった具合に。そのことが、スポーツの世界で大切な感性を磨くことにつながると思います。心もリラックスし、同じトレーニングをしても質が高まります。
最近は市民ランナーも増え、気軽に栄養補給ができるサプリメントや健康食品もよく見かけるようになりました。けれども、食事から栄養を取る大切さは、忘れてはいけないと思います。(聞き手・前田大輔)
バランス良い食事を指導
2020年東京五輪をめざす新体操団体の日本代表「フェアリージャパン」を指導する山崎浩子さん(58)は、東京都北区の国立スポーツ科学センターで選手たちと寝食を共にする生活を送っています。食堂では選手たちに、「バランスよく食べる努力をしなさい」と声をかけるそうです。
現役時代の自身の経験が教訓になっています。1984年ロサンゼルス五輪本番の約半年前。目標体重より3キロオーバーしているとして、指導者に2週間で減量するよう命じられました。2日間何も食べないと、すぐに2キロ落ちました。その後も約1週間、まともに食事を取らない生活を続けましたが、そこから先は体重がいっさい落ちません。
しかも体調を崩し、爪は変色。食べることへの欲求は高まる一方でした。そこで、雑炊など軽いものから徐々に口にし、ジョギングや練習で体を動かす生活に変えると、再び体重は落ち始め、目標を達成しました。「食べないとダメなんだと実感した」と山崎さんは振り返ります。
新体操は、体重が軽い方が有利と思われがちな競技で、「太りたくない」と思う子どもたちは食事を控えがちになります。
山崎さんは、日本体操協会の新体操強化本部長として10年以上トップチームを指導しています。全国各地の指導者への講演会などで、栄養士の助言も参考にしながら、こう訴えてきました。「炭水化物も肉も魚も野菜もバランス良く食べないと、戦える体はできない」「少ししか食べないと、小さいエネルギーで体が栄養を蓄えようとし、逆に太りやすくなる」
山崎さんは「地道な訴えは少しずつ浸透してきた」と感じています。十数年前には、代表入りする選手の中にも、骨密度が高齢者のような値で、すぐにけがをしてしまう子もいましたが、今はいません。
「しっかり食べて、その分、体を動かすことが大事」。新体操に限らず、あらゆる競技に共通して言えることだと、山崎さんは考えます。(平井隆介)
「寮めし」楽しく栄養 早大競争部
早稲田大学競走部は、部員100人弱のうち60人ほどが埼玉県所沢市の合宿所に暮らしています。ここでの食生活が部員たちの心身を変えている面があります。
今年の箱根駅伝で9区の区間賞を獲得した3年の清水歓太さん(21)は入学当初、体調の自己管理がうまくいかない時期もあったそうです。合宿所で食事をしない昼食などでは、我慢できずに好きなだけ食べ、体重が増えすぎて走りに影響が出てしまったことも。「長距離走は体重を気にしなければいけない。でも、我慢できないこともありました」
大学の講義で栄養学を学び、食事の重要性を改めて実感。自らのコンディションと照らし合わせながら、食事の調整を図っています。「食事が何よりも楽しみ。寮めしが充実しているので、自分へのプラスになっている」と話します。
「寮めし」とは、寮監の小島久雄さん(55)がつくる食事です。小島さんは洋食のレストランを営んでいましたが、前任者の紹介を受けて2014年から寮監となりました。
礒繁雄監督(56)からの要望は、バランス重視の食事メニュー。長距離や短距離、投てきなど、部員の専門はそれぞれ。「種目や大会日程によって、体づくりや必要な栄養素が変わる。楽しみながら栄養をとれるようにと心がけています」
小島さんが手がけるのは朝夕の2食。栄養士資格を持つ妻三恵子さんとともに献立を考えています。一汁三菜を基本とし、油脂は控えめにして揚げ物は年に数回だけ。おかずは肉と魚を偏りのないようにしたり、白米だけでなく雑穀米や3種類の牛乳を用意したり。好き嫌いがある選手のためにも栄養を考えて「隠し味」で工夫するそうです。自己管理を促すために献立表には1食あたりの食材量を記載します。
「厨房(ちゅうぼう)にいると色々なことが見えてくる」。食事だけでなく、生活面についても指導しながら選手たちを支えます。「ここは普通の学生寮ではないので、厳しさが求められる部分もある。せっかく同じ釜の飯を食べるのだから、お互いを高められるようになってほしい」(辻健治)
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