中学校の性教育ではどの程度まで教えればいいと思いますか?
中学校の性教育では、何をどこまで伝えればいいのでしょう。東京都内の公立中学校で行われた授業について3月と4月に記事を掲載し、朝日新聞デジタルでアンケートをしたところ、多くの声が寄せられました。東京都教育委員会での議論や専門家の意見も交え、みなさんと考えます。
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朝日新聞デジタルのアンケートには性教育に関する多くの意見や体験が寄せられました。一部を紹介します。
●「セックスに関する(誤った)知識はインターネットで得た。女性が痛めつけられながらも喜んでいるような描写が多く、性交とはそういうものなのかと思っていた。今でも、性交のイメージには嫌悪感しかない。せめて正しい知識と互いに尊重する必要性、AVなど成人向けコンテンツはフィクションであることは、学校で等しく教えてほしい」(埼玉県・20代女性)
●「私自身、身近な友達から性的被害に遭ったことがあります。自分を大切にする気持ちと、嫌な時に嫌だと言う勇気がありませんでした。今の性教育で教えないといけないことはたくさんありますが、自分で身を守ることと被害に遭った時の対処法については特に教えるべきだと考えます」(山口県・10代女性)
●「私は十分な性教育を家庭や学校で受けず、聞いてはいけないこと、みだらなこと、恥ずかしいことだと思い込み、無知のまま大人になり望まない妊娠をし、自分の体を性病の危険にさらしました。この過ちはもし私が思春期に正しい教育を受けていればならなかったことです。大人は子供たちにきちんと話せる環境を作ってあげるべきだと思います」(海外・30代女性)
●「私や周りの友人は中学生の頃から、性交などに関する知識を不完全な形で持っていましたが、中学校でその知識の穴が埋められることはなく、しばしば不安を覚えました。気軽にインターネットで性に関する知識を得られる現代の子供に対する性教育は、もっと踏み込んだ内容であるべきだと思います。むしろ、間違った情報をインターネットから得て、不安を抱いたり、それを元に行動することがないよう、ちょうど思春期を迎える中学生の頃から教育すべきだと思います。学習指導要領の変更は急務ではないかと思います」(東京都・10代男性)
●「私は大学の授業で性交について初めて知り、驚きました。中学で月経や陰部の違いの教育は受けました。自分がどう生まれてきたかは知らず、母の妊娠線を見ておなかを切って生まれてきたと思い込んでました。自分がどう生まれてきて、相手を思いやる気持ちや行動など、人間として大切な学びを幼い頃から知れると良かったと後悔してます。何も知らされずに、なんとなくいやらしいという先入観が抜けません。反発する声があるのは、今の大人の中にも思い込みやいやらしい先入観が広がってるためだと思います。子どもに同じことを繰り返したくないので、大人も含めた性教育を日本中で行ってほしいです」(岐阜県・30代女性)
●「するべき。自分が被害にあってからでは遅い。被害にあってから、知識を得ても後悔が残る。被害に遭う前にどうすれば防げるのかを教えるべき。特に中学生や高校生は知識もまだ少ないので、何も知らずに被害に遭ってしまう。私は、中学でも高校でも(中高一貫校)性教育を1学期間週3回みっちりと受けた。知識の押し付けではなく、ディスカッションやリサーチを通じて自主的に学ぶことによって、身近な話題と感じることができ、知ってよかった、と思う」(大阪府・10代女性)
●「性教育はまだ大人になっていない小学生や中学生が知るべきでないと思います」(神奈川県・10代男性)
●「私が通っていた高校では、1年生の時に週1回性教育の授業がありました。性教育という言葉からは、性行為をイメージしがちでしたが、相手を認めること、男女を理解すること、またデートDV、性的マイノリティーについても授業で扱いました。そして、後半の方では、コンドームのつけ方を男女ともに習ったりもしました。教育者(学校の先生)は性教育を否定的に捉えがちですが、生きていく中では必ず役立つ知識だと、授業を受けたからこそ自信を持って言うことができます。学校として性教育を教え続けて数十年だからこそ先生たちも性に関してオープンです」(東京都・10代男性)
●「確かに性教育はなくてはならない。それによって人生において適切な選択ができることもあるからだ。しかし、私は性教育の授業がとてもつらかった。異性愛前提、性別二元論前提のような側面があり、トランスジェンダーや同性愛はもちろん、アセクシュアルなど多様な性のありかたを考慮していないからだ。今の保健の教科書は、異性愛にだけ通用するような倫理のようでとても息苦しい。妊娠や出産の知識はとても大切だが、それと同時に多様な性についても教えていくべきだ」(岩手県・10代その他)
家庭ごと・教師同士…考えに差、悩む先生
学校で性教育を行う先生たちは、様々な悩みを抱えているようです。
埼玉県内の中学校に勤務する養護教諭の女性(30)は「中学生は性についての知識の差が大きく、教え方が難しい」と感じています。3年の女子生徒から「セックスって何? お父さんとお母さんは『私たちはしたことない』って言ってた」と聞き、驚いたといいます。「子どもが段階的に同じ知識を積み上げていければいい」と考えますが、中学生が情報を得るスピードははやく、家庭での教育力にも差があると感じています。
年上の人と付き合いがある生徒には個別に指導することもあります。でも、学習指導要領にない「セックス」という言葉を使うことは「教えてよい範囲を超えているのかな」と不安になることもあるそうです。
福岡県内の女性養護教諭(29)は大学で看護学を学びましたが、子どもに性をどう伝えるかは学んだことがないといいます。「自分の言葉で伝え切れていない。手探りです」と打ち明けます。
先生の間での認識の違いに悩む声もあります。
埼玉県内の別の中学校に勤める40代の女性養護教諭は数年前、産婦人科医を招いた性の授業を企画しました。しかし、校長から「『性交』や『人工妊娠中絶』『避妊』は中学生には早い」「性行為をしてみようという生徒が出たらどうするのか」と反対され、実現できませんでした。ところが、校長が代わった途端、授業はすんなり行えたそうです。「管理職の考え一つ。子どもが正しい性の知識を得られる場の有無が、属人的なところで決まるのはおかしい」と感じています。
20年以上前から性教育に取り組んできた東京都内の中学校の女性教諭(53)は、授業で男女の体の違いや避妊の方法、中絶なども教えています。授業後に「自分の心と体を大事にし、相手の心と体を思いやるために大切な学習だとわかりました」と言ってくれた生徒や、性被害を受けたことを相談してきた生徒もいたそうです。「私たちは、子どもの現実に正面から向き合うべきです。もし『授業をやめろ』と言うなら、まずは授業をすべて見て、生徒や卒業生の声を聞いてほしいです」と訴えます。(山下知子、山本奈朱香、塩入彩)
指導要領超える内容 都教委「保護者了解あれば」
東京都の足立区立中学で3月、性教育の授業で「性交」や「避妊」といった言葉を使ったことは中学の学習指導要領の範囲を超えているとして、都教育委員会が区教委を指導した問題を、4月にフォーラム面で取り上げました。
4月末にあった都教委の定例会では、委員たちから「社会の変化に教育が追いついていない。悩んだ先生たちが一歩踏み出して行った授業は否定すべきではない」、「保護者の理解を得ると同時に、保護者への教育も必要では」、「正確な情報を子どもに与えることが、子どもを守ることになる」といった意見があがりました。委員の一人で、今回の問題で「議論が必要」と発言していた北村友人・東京大大学院准教授(教育学)は「現場の先生たちには今後も萎縮することなく、積極的に性教育に取り組んでほしい。しゃくし定規にどこまで教えるか決めるのではなく、今後も議論を深めていければ」と話しました。
定例会で都教委は今後の性教育のあり方について示し、指導要領を超える内容を教える場合は、事前に保護者の理解と了解を得られた生徒に限って、個別やグループで授業を実施することがふさわしい、としました。また、都教委が2004年に学習指導要領をもとに作成した「性教育の手引~中学校編」は、社会状況を踏まえて今年度中に改訂するとしました。(斉藤寛子)
今年度の教科書「性交」触れず
今年度に使われる中学校の保健体育の教科書には、どのように書かれているのでしょうか。
4社がつくっており、いずれも生殖機能に関するページでイラストを使って生殖器を説明し、射精や月経、排卵のほか「受精」「妊娠」を取り上げていますが、「性交」には触れていません。東京書籍は、受精の説明で「男子の精巣でつくられた精子が女子の膣(ちつ)内で放出され、排卵された卵子と卵管で結合すると、受精卵となります」と記述。学習指導要領で「妊娠の経過は取り扱わない」とされているためだとみられます。4社とも避妊や中絶についての説明はありません。
大日本図書には、「生命を生み出す体へと成熟するこの時期に異性を尊重し、未来の世界をになう一員として成長できるように心がけましょう」などと異性の尊重を呼びかける記述もみられます。4社とも「いまの社会はインターネットなどに性情報があふれており、責任ある行動が大切」などと書かれていますが、記述は1~2ページほどにとどまります。
4社とも、生殖機能とは別の単元で「性感染症の予防」を取り上げています。例としてエイズや性器クラミジア感染症、梅毒を挙げ、予防策として「性的接触をしないこと」「コンドームの使用」が有効だと記しています。しかし、性的接触とはどのような行為なのか、コンドームの具体的な使い方については、やはり説明がありません。(根岸拓朗)
「教育の自由度 尊重すべきだ」
〈性教育の歴史に詳しい女子栄養大・非常勤講師の茂木輝順さん〉
中学の保健体育の学習指導要領で「妊娠の経過は取り扱わない」とする「はどめ規定」をもとに「性交」を教えられないとする主張がありますが、性交は妊娠の前段階に行われることなので、「妊娠の経過」に含まれるのかには議論があります。また、足立区の授業は中学3年の総合学習で行われているので、この効力は及びません。
東京都立七生(ななお)養護学校(当時)の性教育を巡る裁判で東京高裁が「指導要領は一言一句、法的な拘束力があるとはいえず、具体的な教育内容は教育を実践する者の広い裁量に委ねられている」と示したように、指導要領は法律のように体系化した決まりではなく、大綱的な基準。書かれていないことは教えられないというのは誤った解釈です。
また、総合学習は「地域や学校、生徒の実態に応じて(略)創意工夫を生かした教育活動を行う」と指導要領にあります。このことからも、子どもたちの状況や地域の要請に応じて積み上げられてきた今回の授業は何も問題がないと思います。
個別指導と授業を区別するという考え方も、性教育を後退させています。妊娠などが起きてから個別指導するのでは遅く、対症治療よりも予防が重視されるように授業を充実させるべきです。
2000年代の政治家の性教育への批判や不当な介入を契機にしたバックラッシュ以降、教育委員会や学校現場で「指導要領に書かれていること以外は教えない」という萎縮が起きており、本来の教育の自由度が奪われていると感じます。都教委の新たな方針も、総合学習など教科外領域への考え方についての問題のほか、保護者と子どもの意向が違う場合はどうするかなど、多くの課題を生むだろうと思います。(聞き手・山田佳奈)
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