ディヤルバクル中心部スル地区。民家の壁やシャッターにはトルコ軍とPKKの市街戦によるとみられる弾痕が残っていた=12日、其山史晃撮影
24日投開票のトルコの大統領選と総選挙で、少数民族クルド人の投票が注目されている。クルド系政党の得票率が伸びれば、再選が有力視されるエルドアン大統領の政権運営に影響を与える可能性が高いためだ。エルドアン氏は民族融和への取り組みを強調したり、クルド人の大多数が信仰するイスラムを前面に掲げたりして、支持獲得へ力を入れている。
トルコ、国民に深まる亀裂 世俗派、進む国外移住 24日総選挙
住民のほとんどがクルド人で、「クルドの都」と呼ばれるトルコ南東部ディヤルバクル。12日、中心部スル地区の原っぱで道路建設工事が進められていた。
ここで育ったクルド人の電気技師ヒュセイン・アルベダシさん(50)が、数年前までここにあった民家や商店の映像をスマートフォンで見せてくれた。
「私たちは平和に暮らしていたのに、トルコ軍がぶち壊した」
スル地区では2015年12月から16年3月にかけて、トルコ軍がクルド人の武装組織「クルディスタン労働者党」(PKK)の掃討作戦を展開。国連の報告書によると、地区東部では砲撃で建物の7割が壊された。
掃討作戦のきっかけは15年7月、トルコ政府とPKKの和平交渉の破綻(はたん)だ。クルド人が多いトルコ南東部ではトルコ軍とPKKの衝突が相次いだ。国連の報告書によると、16年末までに約2千人が死亡。約35万5千人が避難を強いられた。
オスマン帝国の滅亡後、1923年に建国したトルコは、政教分離や文字改革などの近代化政策を進める中で、クルド人に対してはクルド語の教育を禁じる同化政策を強制した。これにクルド人は抵抗。PKKは84年、分離独立を求めて武装闘争を開始した。トルコ政府はPKKによるテロなどで4万人以上が死亡したとしている。
逆風のクルド系政党に支持
一方、クルド系政党の人民民主主義党(HDP)は15年6月の総選挙で13・1%の票を獲得。トルコ国会で政党が議席を持つのに必要な得票率10%をクルド系政党で初めて上回った。この時、そのあおりを受けたのが、エルドアン氏が率いる親イスラム政党の公正発展党(AKP)だ。02年の政権獲得以来、初めて過半数を割った。
HDPは非暴力を掲げてPKKと一線を画すが、同じクルド系として同一視するトルコ人は多い。アルベダシさんは「トルコ軍が南東部で大規模なPKKの掃討作戦を展開したのは、総選挙で躍進したクルド人への警告だ」と語る。
16年7月のクーデター未遂事件を受けた取り締まり強化も、クルド人の政治活動に影を落とす。HDPによると、同党に所属する首長94人がPKKとのつながりを理由に解職された。また党員1万人以上が今も拘束されている。
だが世論調査によると、逆風下でもHDPは支持率が10%を超えている。また獄中から大統領選に立候補している同党のデミルタシュ前共同代表も10%前後の支持率を集めている。ディヤルバクルに住むクルド人の会社員レムズィエ・スズジュさん(27)は「HDPだけがクルド人のために活動してくれている」と強調した。
エルドアン氏、クルド人を「兄弟」
「兄弟よ、もう差別はない。クルド語はトルコ語と同じく大切だ」
3日、ディヤルバクルで演説したエルドアン大統領は、クルド人との共生に取り組んできたと強調した。
クルド語による公共放送や教育の解禁、PKKとの和平交渉に踏み切ったのはエルドアン氏だ。だがクルド人の政党支持は同氏が率いるAKPではなく、HDPに向かう傾向が続いている。15年の6月と11月の総選挙でAKPは南東部で大幅に票を減らした。
3日の演説でエルドアン氏はHDPとPKKの関係を印象づけるように「HDPはモスク(イスラム教礼拝所)を焼いた」などと批判した。
またエルドアン氏はイスラム色を前面に出し、スンニ派イスラム教徒が大多数のクルド人の支持を少しでも集めようとしている。
ディヤルバクルの高校教師メフメト・エミン・コシャルさん(28)は「エルドアン氏のおかげで、トルコはイスラム教徒が住みやすい社会になった」と評価した。(ディヤルバクル=其山史晃)
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〈クルド人〉 「国を持たない世界最大の民族」と呼ばれ、独自の言語と文化を持つ。推計人口約3千万人で、トルコやシリア、イラク、イランなどに分断されて暮らす。最も多いのはトルコで、人口の約2割にあたる約1500万人がいるとされる。
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クルド人をめぐる近年のトルコの主な出来事
2002年
・総選挙で公正発展党(AKP)が勝利。親イスラム政党による初の単独政権
13年
・政府とクルディスタン労働者党(PKK)の和平交渉が始まる
15年
・6月 総選挙で人民民主主義党(HDP)が議席獲得。与党のAKPは過半数割れ
・7月 政権とPKKの和平交渉が破綻(はたん)。トルコ南東部で治安部隊とPKKが衝突
・11月 連立交渉の不調による再選挙でAKPが圧勝。在日トルコ大使館前では10月末、在外投票に来た政権支持派とクルド系のトルコ人が乱闘騒ぎ
16年
・11月 HDPのデミルタシュ共同党首(当時)らがテロ組織支援などの容疑で逮捕
18年
・4月 エルドアン大統領が総選挙と大統領選の6月24日への前倒しを発表
・5月 HDPが勾留中のデミルタシュ氏を大統領選候補者に決定