過労死110番で電話相談を受ける弁護士=16日、東京都文京区
過労死や過労自殺の問題に取り組む弁護士が遺族らの相談を電話で受ける「過労死110番」が始まって、今年で30周年を迎えた。相談をきっかけとした訴訟や過労死遺族の運動が原動力となり、過労死や過労自殺が労災として認められる道は少しずつ広げられてきた。ただ、弁護士らは「まだ狭すぎる」として認定基準の見直しを働きかけている。
「遺族の救済のためだけではなく、弁護士、労働組合全体が過労死を防止し、なくすための社会運動だ」
13日に東京都内であった30周年記念シンポジウムで、この問題に長く取り組んできた松丸正弁護士は過労死110番の意義をこう語った。成果の一つが、脳や心臓の病気による過労死や、精神障害による過労自殺の労災認定基準が整えられてきたことだ。
過労死の認定基準は、110番開始から約10年後の2001年に大きく見直された。それまで「病気の発症前1週間」という短期間の業務を中心に判断されていたのが、長期間の疲労の蓄積も重視されることになった。週あたりの法定労働時間(40時間)を超える時間外労働が発症直前1カ月に100時間超、2~6カ月の平均が80時間超というのがおおまかな判断基準となり、これが今の「過労死ライン」になっている。
過労自殺については、99年に労災認定の考え方をまとめた判断指針が作られ、2011年に、よりわかりやすく迅速に判断できるよう新しい基準が作られた。
松丸弁護士は「認定基準があるかないかという中で、へこたれずに道を作ってきた。運動が行政の認定基準を変え、それを広げる判決を勝ち取り、さらに認定基準を変えるというプロセスだった」と振り返る。
ただ、大きな見直しから時間がたち、裁判では認定基準を満たさなくても認められるケースが増えてきている。玉木一成弁護士は「今の基準では認定される範囲が狭すぎて、不適切な結果を招く」と指摘する。
このため110番を実施する過労死弁護団は17年9月、認定基準改定を求める意見書の作成を決定。半年間の検討をへて5月下旬、基準を定めている厚生労働省に提出した。
意見書のポイントは、過労死ラインの時間外労働時間を「65時間」に短くすることだ。「1日3時間程度の時間外労働をすると脳や心臓の病気との関連が強いという医学的な意見がある」として、月の平均勤務日数の21・7日で計算したという。
また、過労自殺の認定基準ではパワーハラスメントの適正な評価を求めた。過労自殺は、長時間労働やパワハラなどの職場で起こる出来事によってどれだけ心理的な負荷がかかっていたかで判断される。今はパワハラの心理的負荷が「強」と認定されるには、「人格・人間性を否定する言動」が「執拗(しつよう)」であることが条件だ。意見書ではこれを緩め、業務指導の範囲を逸脱した言動が続き、人間関係が悪化した場合も認めるべきだとしている。
相談、息子や親からも
過労死110番は、1988年4月に大阪で最初に行われた。これが反響を呼び、全国に広がった。過労死問題が広く社会に知られるようにもなり、米国でも「KAROSHI」として報道された。
過労死弁護団全国連絡会議幹事長の川人(かわひと)博弁護士によると、相談内容は当初、脳や心臓の病気が中心だったが、今は「自殺と半々ぐらい」。被災者の年齢は40~50代の働き盛り世代だったが、2000年ごろから20~30代の割合が増えている。若い世代の被災が増えるにつれて、妻だけでなく、息子や娘を失った親からの相談が増えているのも特徴だという。
今年の110番は16日に33都道府県で行われた。相談は103件で、66件が働き過ぎや過労死の予防に関わるもの、27件は労災補償の相談だった。(編集委員・沢路毅彦)