360度いきもの目線
「ようこそ笠岡へ カブトガニの街へ」
岡山県にあるJR笠岡駅前ロータリーに降り立つと、こんな巨大な看板が迎えてくれる。笠岡市にある干潟はカブトガニの繁殖地、国の天然記念物に指定されている。海辺にある「市立カブトガニ博物館」は、建物自体がカブトガニの形だ。
他の「いきものたち」の動画はこちら
NewsVR
カブトガニといえば、ツルツルしたおわん型の体に、カニのようにもクモのようにも見える脚。長い尾を引きずって歩くこの不思議な生き物を、さてどうやって撮影しよう。
博物館の水槽は、深さ1メートル。水底に360度カメラを設置しようと、プラスチック製のマジックハンドを持って訪れたが、カメラがすべって四苦八苦。希少生物の水槽に潜るわけにもいかないし……。
困り果てていると、学芸員の東川洸二郎さんが、手持ちの木材で「巨大な洗濯ばさみ」を作ってくれた。なんとか撮影開始できそうだ。今回は、この不思議な生物の専門家に、詳しく話を聞いてみることにした。
東川さん、カブトガニって食べたらどんな味がしますか?(竹谷俊之)
◇
カブトガニに会いに来ませんか――カブトガニ博物館学芸員・東川洸二郎
ヘルメットのような頭に、トゲだらけの体。スラリと伸びた丈夫なしっぽ。カブトガニは、約2億年前から姿を変えていない「生きている化石」です。ここは、カブトガニをテーマにした世界で唯一の博物館。岡山県の西部、広島県と接する笠岡市にあります。
丸くてかわいい、おとなしい生き物ですが、サイズは意外と大きめです。初めて見た人は、よく「でかッ!」と言います。メスは60センチで3キロ。オスは50センチで1・5キロほどにもなります。
カブトガニっておいしいの?
来館者からの質問の中でも、特に多いのがこの質問。「カブトガニってカニの仲間だから、おいしいんですよね?」
答えはノー。
そもそも、カニの仲間ではありません。「節足動物」という昆虫やエビ、カニなどが入るグループの中で、分類すると、クモやサソリの仲間に近い生き物です。
海にすむ大きなクモ……。中国などで食用にされている部分はメスの卵です。味を想像してみてください。私は残念ながら食べたことがありませんが、聞いた話では独特の臭みとグニョグニョとした食感で日本人の舌には合わないようです。
もし、日本人にとってカブトガニがおいしければ、今頃日本のカブトガニは絶滅していたかもしれませんね。
「カブトガニは何を食べるの?」とも、よく聞かれます。何だと思いますか。
実はカブトガニは、夏に生まれてから翌年の春までの間、何も食べません。この時期は体長はほんの6mmほど。暖かくなった頃、1回脱皮をして一回り大きくなり、尾剣(びけん:しっぽのこと)がちょこんと生えてくると、ようやくエサを食べるようになります。
最初のうちは、主に微生物。大きくなるにつれて、泥の中にすむゴカイなどを食べるようになります。
飼育しているとわかりますが、実は何でもよく食べる生き物で、アサリやイカ、エビ、魚の切り身など、海にいる生き物ならモリモリ食べてくれます。
グルメなカブトガニもいます。奮発して買ったキンメダイを与えても、食べない個体がいます。安物のオキアミが好きな個体もいて、個性もいろいろ。みんなが共通して好きなエサはゴカイ、これは食いつき方が違います。
体が大きくなる分、力も強く、今回の撮影では、苦労して設置したカメラをひっくり返したり、砂をかけて埋めたりと、なかなか思い通りにはいきませんでした。
「青い血」が人間を救う?
カブトガニは医学の分野で、我々人間の命を救ってくれています。
「カブトガニの血は青色」という話を聞いたことはありますか? 実は、これはちょっと不正確です。カブトガニの血液は、元々は透明がかった乳白色。時間が経つと酸化して青くなります。
この血液は、わずかな細菌でもゲル状に固める性質を持っているため、注射や人工透析などの「菌がいないことを確認する検査」に利用されているのです。従来は2日ほどかかっていた検査が、カブトガニの血液を利用することで1時間もかからずに済むようになりました。急に薬が必要になった場合でも、短時間で検査できるようになったということです。
自然界での産卵も
現在、我々が調査する笠岡市の干潟では自然のカブトガニを見ることができます。しかし、干拓や環境汚染などにより、一時は絶滅寸前にまで追いやられました。この博物館の前身であるカブトガニ保護センターが1975年に建てられ、保護と繁殖に尽力し、現在も当館が継続しています。自然での産卵も約10年前から確認できるようになり、ようやく笠岡でカブトガニが生活できる環境が整いつつあります。
私たちはこれからも、カブトガニを含めた様々な生物たちと人間が共存できる環境を守っていきます。当館においでくださる機会があれば、豊かな海があるからカブトガニもいるということを思い出してもらえると幸いです。