記録的な猛暑となった今年の夏。企業などのオフィスでは、暑がりの人と寒がりの人の間で、空調の温度設定をめぐって「バトル」が行われているところもあるのではないだろうか。快適な環境で働くにはどうすればいいのか。企業や研究者も取り組みを始めている。
村田製作所とアズビル、戸田建設の3社は、昨年9月から共同で「申告型空調システム」の実証実験を始めている。
3社のオフィスでは、「暑い」「快適」「寒い」の各ボタンがついたカード型無線端末を使い、社員が暑さ・寒さを申告。天井のエアコンの吹き出し口にある受信機で、ボタンが押された端末がどこにあるのかを電波の強弱によって判断し、最も近い吹き出し口が作動する。短時間に同じ吹き出し口付近で「暑い」を押した人が多いと強風が出るなど、細かく調節している。前日までのデータも反映しており、温度が変わりやすい窓際の空調は、ほかよりも強めにするなどしているという。
村田製作所内で行った実験では、導入当初は1日約400回の暑さ・寒さの申告があったが、ここ最近は約100回に減少しているという。同社IoT事業推進部の佐藤武史部長は「面倒になって押していないという見方もあるが、快適になったので押す回数が減ったとみていいのでは」と話す。3社は今年度末ごろまで実験を続け、製品化を検討するという。
一方、三菱地所などが2015年に開発し、実証実験中なのが個別冷暖房つきデスクだ。デスクについたボタンを操作すると、自分専用の風が吹き出すほか、デスク面内部にめぐらされたパイプに温冷水が通り、デスクとその回りの空気を暖めたり冷やしたりすることができる。
空調に悩む人には理想的なデスクに思えるが、実証実験でアンケートをとると、6割が「使用していない」と答えた。「天井空調で十分」「操作が手間」などというのがその理由だ。
だが、同社開発推進部の村上孝憲専任部長は「実際は生産性が低いような環境でも、自分でそれを認識して変えようという人は少ない。そこを機械がどう読み取り、個人に最適化できるかがカギだ」と話す。今後は、脈拍によって集中度合いを測れるいすと個別冷暖房付きデスクを組みあわせるなどして、自動的に空調が最適化されるようなシステムの実験を始めるという。
そもそも、室温を何度に設定すれば、最も生産性が上がるのか。室内環境が知的生産性に与える影響を研究している東京都市大学の岩下剛教授が調べた実験がある。
22度・25度・29度と異なる室温でNHKの報道番組を、それぞれ約50人の大学生に見せた。視聴後、内容を覚えているかを確認する全9問のテストをした。
各条件間で平均正解数に目立った差はなかった。変化があったのは、番組後半の内容を尋ねた7~9番目の質問の正解率だ。
29度の条件下で、7~9番目の質問に「覚えていない」という選択肢を選んだ人の割合は、22度の2倍以上となった。25度でも終盤の3問は「覚えていない」の割合が高くなる傾向があった。岩下教授は「25度と29度の被験者は番組後半で集中力が低下していることが推察される」と分析した。
番組視聴前のアンケートで、それぞれの室温での「覚醒感」「集中のしやすさ」を聞いたところ、25度と29度は、覚醒感が低く、集中しにくいと考えている人が多かった。22度よりも条件が劣っていたことも影響していたようだ。
実験は三つの室温で比べたものだったが、ずばり何度にすると快適なのか。「室内環境が快適かどうかは、室温だけでは決まりません」と岩下教授。例えば室温28度でも、感じ方は人それぞれだ。暑さや寒さの感覚は室温以外に、湿度、気流、着衣量、個人の代謝量、天井・床・壁などから伝わる熱の放射温度の6要素で決まると言われる。
さらに室内の二酸化炭素濃度が高くなると集中力や思考力が下がるといい、岩下教授は現在、二酸化炭素濃度が生産性にどのような影響を与えるかについて研究を進めている。岩下教授は「室内のにおいや換気の有無・程度も知的生産性と関連がある。生産性を上げるためには室温だけでなく、室内環境を総合的に考えなければならない」と話す。(栗林史子、篠健一郎)