堀篭俊材の波聞風問
平成最後の「シーテックジャパン」が先週、千葉・幕張メッセであった。18年前に始まった国内最大の家電見本市が、来場者の低迷により、総花的なIT展に衣替えして3年目。今年も目立ったのは自動車やコンビニ、メガバンクなど異業種の出展だった。
大手電機メーカーが主役の座から降りたシーテックの変遷は、韓国や台湾、中国との競争に敗れた日本の電機産業の軌跡と重なって映る。
昭和の時代、世界を席巻した電機メーカーの敗因はなにか。「人材を通じ技術流出が進み、その流れに歯止めをかけられなかった」。電機大手のトップ経験者から、そんな話を聞いたことがある。
年収3千万円、ソウル郊外の豪華マンション、車の送迎つき――。1990年代、韓国企業は破格の条件で日本の技術者を引き抜いた。半導体やテレビなどで韓国勢がリードするようになった背景には、日本の技術者の大量流出があったといわれる。
文科省科学技術・学術政策研究…