自動運転やシェアリングといった新技術を背景に、自動車産業が大変革を迫られている。米国や中国の巨大なIT企業など新たな競争相手もあらわれるなか、既存メーカーがつくるクルマはどう変わるのか。トヨタ自動車でデザイン分野を統括するサイモン・ハンフリーズ常務理事に話を聞いた。
トヨタ自動車
――自動車業界はいま、「100年に1度の大変革期」と言われます。
単純なエンジン車だけだったものから、電気自動車やプラグインハイブリッド車、燃料電池車が増え、クルマの骨格のレイアウトがどんどん変わっている。車体に使える素材が増えればデザインの自由度も上がる。自動運転も思ったより早く実現しそうだ。
将来のモビリティー(乗り物)は、四つのタイヤがついているものに乗って、目的地に行くというだけではない。家の中までを含めて、朝起きたときから夜寝るときまで関わるものになるだろう。
――業界が変化する中、デザインの役割は。
デザインとは課題を解決することだと思っている。トヨタは(移動にまつわるすべてのサービスを提供する)「モビリティーカンパニー」に変わると決めたが、デザインの役割とは、顧客に近い立場からより自由な生活ができるアイデアを提案することだ。
例えば高齢化。高齢者の通院と子どもの通学を結びつけることで、健康的な会話を生みだせるかもしれない。エネルギー問題や自然災害など日本が世界に先立って直面している課題についても、デザインという視点ではチャンスになり得る。
――トヨタの自動運転車「eパレット」のデザインを手がけました。
自分で所有するクルマと公共交通機関の境界がなくなるんじゃないか。そんな想像をするところから始めてみた。一つ目のポイントは、人と物を同時に運ぶことができること、二つ目は時間によって使われ方が変わることだ。多くの人を運ぶ通勤時間が終わったら、今度は荷物を運ぶ。家に帰るときは自分宛ての荷物が一緒に乗っている。そんな未来を思い描いた。
そして、人が立ったまま乗ることができて、国ごとに規格の異なる荷物が積めるといった機能を考えていくと、箱に近い形のデザインも自然と決まった。
もう一つの特徴は改造ができることだ。(組み立て玩具の)「レゴ」のブロックのように、一番下のベースだけ買えば、その上は、それを使う会社が好きなようにカスタマイズできる。トヨタだけでつくるのではなく、社会と会話しながら開発を進めていきたい。
――自動運転車が普及しても、自分で運転するクルマは残りますか。
将来的にすべてがコモディティー(汎用〈はんよう〉品)になるのではと心配している人は多いと思う。私は逆に、eパレットのような自動運転車を誰もが利用できるようになれば、自分が買う車はより自分の価値観に合った「とんがったもの」になると考えている。
人間は、自分の意思で物事を選びたいと考える自由な生き物だ。すべての人が、ロボットの上に座って目的地に行くだけという未来には、絶対にならない。楽観的かもしれないが、ものすごく面白い将来になるのではないか。これは、自動車産業としても大きなチャンスだ。(初見翔、細見るい)
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〈eパレット〉 トヨタ自動車の次世代型自動運転車。運転手がいらないタクシーやバス、移動型店舗やホテルとして利用でき、米アマゾンなどと開発を進める。10月に設立を発表したソフトバンクとの新会社で2020年代半ばの実用化をめざす。20年の東京五輪では選手村で実験的に走らせる計画がある。
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Simon Humphries(サイモン・ハンフリーズ) 1967年、英国生まれ。89年に日本に移り、工業デザイン会社を経て94年にトヨタ自動車入社。2018年1月、たたき上げの外国人としてトヨタで初めての常務理事に就任。現在、デザイン業務に関わる約千人の社員を束ねる。