「この悲しみが憎悪の連鎖となってはいけない」。過激派「イスラム国」を名乗る組織が後藤健二さん(47)を殺害したとする映像を流した後、母親の石堂順子さん(78)が読み上げたメッセージだ。2001年の米同時テロで夫を失った女性も同じような思いを抱いてきた。
「テロに屈してはいけない。だけど……」。東京都渋谷区の杉山晴美さん(49)は胸のざわつきが収まらない。今回の事件の先に、また報復が続くのだろうか。
01年9月11日。夫の陽一さん(当時34)の勤務先が入るニューヨークの世界貿易センタービルにハイジャックされた旅客機が突っ込んだ。
行方が分からない夫を捜し回るなか、体調を崩し入院。周囲は三男を身ごもっていた晴美さんに帰国を勧めたが、現地にとどまり帰りを待った。半年後に無事出産。その数週間後、夫の死亡が確認された。
米国は国際テロ組織アルカイダの犯行と断定。指導者のウサマ・ビンラディン容疑者を保護したとして、アフガニスタンへの攻撃に踏み切った。
このころから、家が爆撃されたり、子供がいなくなったりする夢を見るようになった。自分たちと同じように平穏な日常を送っていた人々が現地でどんな思いをしているのか。想像すると胸が苦しくなった。
そして03年に始まったイラク戦争。「現実は自分の願いと大きく懸け離れていった」
邦人人質事件が報じられると、後藤さんと湯川遥菜さん(42)の安否が気掛かりで、朝起きるとすぐにテレビをつけた。
イスラム国はこれからも日本人を殺害すると宣告。12歳になった三男は絶句したという。「父親がテロの被害に遭ったと知っていても、どこか遠い世界のことだったのでしょう。それが一気に自分の問題になったようです」
米国など有志国連合によるイスラム国への空爆でも犠牲者は生まれている。「自分のようなつらい思いは、どの国のどんな人にも味わってほしくない。負の連鎖を断ち切ってほしい」〔共同〕