ブラジルを病院の患者にたとえるなら、緊急治療室の医師たちはこの患者の症状を末期と診断するだろう。腎臓は機能しなくなっており、心臓も間もなく停止しそうな状態だ。いずれにせよ、これは13年間同国で政権を握り、世界の舞台に立った時期と現在のひどい転落ぶりを目の当たりにしてきた労働党のある上院議員の見解だ。
サンパウロの金融サービス会社でモニターを見つめるスタッフ。S&Pは10日、ブラジルのソブリン債の格付けをジャンク級に引き下げた=ロイター
経済は混乱している。同国は世界大恐慌以降で最悪の景気後退で今年の成長率はマイナス3%、2016年はマイナス2%になると予測されている。財政も混迷を深め、政府は今月、民主化以来初めて、利払いを除いた基礎的財政収支で赤字を計上する予定だ。実際の財政赤字は既に生産の9%まで拡大しており、その結果、債務水準は再び上昇している。
それがスタンダード・アンド・プアーズ(S&P)が先週、同国の債務を「ジャンク(投機的)」に格下げするという驚きの決定をした直接の理由だ。他の格付け会社がこれに続けば、多くの海外投資家はブラジルの債券を売らざるを得なくなり、状況はさらに悪化する。ブラジル債務の約5分の1は外国人に対するものだ。中国の景気減速や商品価格の崩壊、米国の利上げ(見通し)などの厳しい外部要因を考慮すると、ブラジルは極めて大きな経済的圧力にさらされ始めたところだ。
■根深い汚職が政治危機招く
皮肉なことに、S&Pに決断を促したのは同国で高まる経済問題ではなく、広がる政治危機だ。ルセフ大統領は自らの党に愛されないばかりか、他からも非常に嫌われており、ブラジル史上最も人気のない大統領だ。そのため、同氏は経済的混乱に対する適切な対応をほとんど打ち出せないでいる。国営石油会社ペトロブラスから20億ドルを不正に受け取ったとされる汚職事件の捜査から身を守ることに議会の多くが注力している現状ではなおさらだ。ブラジルの政治制度は腐敗していることで知られるが、今や機能さえもしていない。
大規模な政治改革は一つの解決策だが、悲しいことに、18年に予定されている選挙までにそれが起こる可能性はほとんどない。不人気というだけではルセフ氏を退任させるのには十分でない。もし十分なら、現在の浪費状態になる前、同国の経済を安定に導く礎を築いたカルドゾ元大統領は2期目の任期を満了できなかっただろう。また、同国の大統領制ではルセフ氏が議会を解散し、新たな選挙を行うこともできない。
石頭で頑固なことで知られるルセフ氏はとにかく辞任はしないと主張している。同氏がペトロブラスの不正で個人的に利益を得たという証拠も何もない。確かに、政府会計の不正など、他の理由で弾劾される余地はあるが、そうなった場合、二流の政治家がまた別の二流の政治家に取って代わられるだけだ。後継候補には、テメル副大統領やクニャ下院議長、カリェイロス上院議長らがいるが、両議長は汚職の罪に問われている。
状況はますます不安定になっている。誰もがこのままではだめだという点では一致しているが、脱却する明確な方法が見えない。状況は内閣でも同様に悪い。ルセフ政権のタカ派であるレビ財務相が肥大化した同国の公共部門を縮小すべく指揮を執っているが、その努力は、問題から再び抜け出すことは可能だという誤った認識の人々に阻まれている。辞任しそうだと伝えられており、S&Pの格下げで同氏の立場は今、さらに悪化しているかもしれない。
もしレビ氏が辞任すれば、投資家は財政を再建する政府の能力を疑問視するだろう。この先にはおそらく、同国がかつて通ってきた財政的な試練が待ち構えている。その道は険しかったが、この先もまた悪路を行くことになるだろう。
(2015年9月14日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
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