「彼にはまだ早い」。カナダの新首相となるジャスティン・トルドー氏について、対立勢力はこう繰り返していた。大多数の有権者はそう思わなかったか、あるいは気にかけなかった。カナダ総選挙の結果には驚くべきものがある。多くの西側諸国に広がる右向きの流れに反して、カナダは緊縮財政を拒む中道左派政権を迎え入れた。
■大規模なインフラ整備に乗り出す
勝利演説するトルドー党首=ロイター
新政権は、歴史的な低金利に乗じて600億カナダドル規模のインフラ整備に乗り出す。そのインパクトが米国や欧州連合(EU)など他の国々の政策討論に影響を及ぼす可能性もある。43歳のトルドー氏はまた、パリでの国連会議が数週間後に迫る中でカナダを気候変動対策の国際的枠組みに復帰させることにもなる。首相の座を去るスティーブン・ハーパー氏は2011年、カナダは京都議定書から離脱すると一方的に表明した。それが元に戻される。カナダの選挙がこれほど注目を集めることは多くない。今回はそれだけの注目に値する。
トルドー氏にとっての大きな挑戦は、経験に欠ける部分をアイデアで補うことだ。カナダ現代史における最も偉大な指導者と評する向きも多い故ピエール・トルドー元首相の息子として、総選挙の勝利は知名度と映画スター並みの容貌にも助けられた。トルドー氏の勝利は、マリフアナの仕入れの急増まで引き起こしている(ハーパー氏は娯楽としての大麻使用に反対していた)。
■優先課題は経済の再生
本当の仕事はこれから始まる。トルドー氏の優先課題はカナダ経済に勢いを取り戻すことだ。ハーパー氏はカナダの将来を石油・ガス・鉱物輸出の拡大に懸けた。この戦略は資源高の下で奏功した。しかし、ハーパー氏の保守党が総選挙4連勝という歴史的偉業に向けて態勢を固めようとした矢先、商品相場の「スーパーサイクル(超循環)」が逆回転に入った。この1年間にカナダドルは米ドルに対して20%も下落し、カナダ経済は今年第3四半期から景気後退局面に入った。カナダ銀行(中央銀行)が景気刺激のための利下げをするさなかで、さらなる財政緊縮という公約はほとんど意味をなさなかった。一定範囲内の財政赤字を3年続けるというトルドー氏の計画のほうが、よく練られている。カナダのインフラの多くは老朽化している。賢明に充てられるなら、トルドー氏の資本投資計画は十分なリターンを生んで価値あるものとなるだろう。
このようなインフラ投資は、低成長下にある他の民主主義諸国にも強力なデモンストレーション効果をもたらしうる。米国のオバマ政権も同様の計画を持ちながら、何年も議会を通せずにいる。また、各国政府がかなり異なるアプローチをとっている欧州でも注視されることになる。さらにトルドー氏は、超富裕層への増税を財源とする中間層の減税も計画している。これも価値がある。他の先進諸国と同様、カナダでも格差は拡大している。
自由党の勝利はグローバルな結果も伴う。ハーパー氏とオバマ氏は全く反りが合わなかった。その一因は、オバマ氏が「キーストーンXLパイプライン」計画を承認しようとしないことだった。この計画はトルドー氏も支持している。もう一つの原因は、地球温暖化対策におけるリーダーシップも含めて、ハーパー氏がカナダの国際主義路線を後退させたことだった。米政府の観点からすると、トルドー氏の勝利に不都合な点はほとんどない。トルドー政権は、大筋合意された環太平洋経済連携協定(TPP)を支持するはずだ。来月のパリでの協議にも全面的に参加するだろう。多国間の平和維持活動におけるカナダの役割も復活するかもしれない。
トルドー氏の勝利とセレブとしての地位によって、カナダはまれに見る注目を集めるだろう。だが、名声は統治の資格ではない。トルドー氏は圧勝で選挙予測の専門家たちを驚かせた。しかし、閣僚経験なしでの首相就任となる。期待されるのは、選挙運動をまとめたのと同様の有能さで政府を率いることだ。
(2015年10月21日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
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