男子シングルス4回戦を途中棄権し、チリッチ(左)と握手する錦織=ロイター
■匠の圭
錦織圭が1球もボールに触れることもできず、第1セット第1ゲームが終わった。チリッチ(クロアチア)が4本のサービスエースをそろえた。
錦織、途中棄権で8強入り逃す テニス・ウィンブルドン
コラム「匠の圭」
まだ終わらなかった。第3ゲームもチリッチは第1サーブをすべて入れ、簡単にキープした。ここまで8本中8本。確率100%。左脇腹の痛みを抱えながら挑んだ錦織の希望を打ち砕くような滑り出しだった。
2人の対決の構図をあえて単純化すれば、チリッチの弾丸サーブと錦織の武器であるリターン力。「矛」と「盾」の対決になる。
3回戦までのデータから詳しく読み解いてみたい。
チリッチの第1サーブが入れば、錦織にとってベスト16に残ったライバルの中で、最も厄介だった。第1サーブが入ったときのポイント獲得率91%は、堂々の1位。ちなみに錦織の71%は最下位だった。
さらにチリッチの第1サーブが決まったとき、その64%は相手にリターンすら許していなかった。この項目も1位。錦織はここでも最下位に甘んじた。
しかし、第2サーブに目を移すと景色が変わる。3回戦までの第2サーブでのポイント獲得率だと、チリッチは56%で、ランクは10位に落ちる。錦織の55%(11位)とほぼ差がない。
つまり、錦織にしてみれば、チリッチの第1サーブの確率が落ちるのを祈りたかった。もちろん祈るだけでない。サーブのコースを読み、微妙に立ち位置を修正し、好リターンを重ねることで相手に重圧をかけ、サーブの精度を落とす。そして第2サーブでの勝負に挑む。そこに勝機を見いだしたかったはずだ。
しかし、チリッチのサーブが良すぎた。3回戦までの第1サーブの成功率は60%だったのが、この日は第1セットは83%と高止まりした。錦織が棄権を申し出るまで、チリッチがキープした6回のゲームは、すべて最後のポイントはサービスエースで決まった。
1―6、1―5。45分間での途中棄権に終わった。
錦織は試合後、前哨戦から抱える左脇腹の痛みについて明かした。
「前の試合と比べものにならないくらい痛く、難しいのはわかっていた」
なぜ、棄権しなかったのか。「どの試合もウォームアップのときにすごく痛くて、それで試合に入って何とかやっていたので、まあその可能性を少し信じつつ」「(筋肉が)切れるぐらいまではやろうかな、と。場所的にも折れたりする場所ではないとドクターから言われていたので」
自分を客観視する時間だったのか、少し間を置き、「うーん、でも、よく考えたら、全然勝てるわけはなかった」と振り返った。
「ウィンブルドンではなかったら決断は違ったのか?」という質問もあった。
「4大大会じゃなかったら、1回戦から出ていなかったと思う。ウィンブルドンで頑張りたい気持ちがありましたし。そのモチベーションだけですね」
26歳にして、幾多のけがとの試練を強いられてきた錦織は、こうも言った。
「今回、人生の中で一番けがの痛みと戦ったくらい、出し尽くしたというか、頑張った感はある」
あまり自画自賛する性格ではない。今回、そこは自分をほめてもいい。そんなメッセージに聞こえた。(編集委員・稲垣康介)