未来メディアカフェ「『山の日』を語ろう!」議論の流れ
「山の日」を8月11日に迎えるにあたり、議論しながら山の課題解決を探る「未来メディアカフェ『〈山の日〉を語ろう!』」(朝日新聞社主催、長野朝日放送共催)が3日、長野県松本市で開かれました。登山家の野口健さんの問題提起を受け、それぞれの経験を踏まえて提案にまでこぎつけた大学生、高校生たちの議論に密着しました。
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■学生料金割引で若者を呼べ
参加したのは信州大学山岳会(信山)、同大学ワンダーフォーゲル部(信ワ)、松本県ケ丘(あがたがおか)高校(県高)、大町岳陽高校(岳高)の計53人です。大学生と高校生が入り交じって八つの班に分かれ、四つのテーマを議論しました。
A、B班は「若者が山に来たくなる仕掛け」がテーマでした。体験に基づく意見が出ました。
●細田風音さん(信ワ1年)「部で車を持つ人がいない。先輩に頼んだり、レンタカーを借りたりしている。シャトルバスとか交通手段が便利になったらいい」
●後藤拓馬さん(県高2年)「山の道具も高い。学校がアルバイト禁止なので、必要な物もそろえられない」
最も意見が多かったのが、山小屋周辺でテントを張る場所の料金(テント場代)の値下げです。
●塩谷晃司さん(信山3年)「北アルプスはテント場代が1人500円から千円になった所が多い。夏休みに縦走で15泊くらいするが、1泊千円だとして、テント場代だけで1万5千円くらい。かなりの負担になる。料金を500~750円にしてもらえる制度があればいい」
最終的にA班は国や県からの補助金を利用して学生の料金を割り引くサービスが有効だと提案しました。
■ノウハウをアプリに
C、D班は「安全登山のための啓発活動」について。D班は、登山計画書を出してもらうにはどうすればいいかを話し合いました。
●出井沙奈美さん(信ワ2年)「自分たち大学生が、高校生と一緒に登山計画を作る会を開いては」
●新井貫太さん(岳高1年)「興味のない人に関心をもってもらうには、メディアを活用するのがいい」
●出井さん「登山計画についてのアプリを作って、そこに事故の情報なんかも流れてくるようにしたら」
●加藤穂高さん(信山3年)「山行の記録が残せて、共有できる『ヤマレコ』のようなアプリに、もっとSNS的な機能を付けて、直接、警察にもつながるようにする」
●曽根原真秀さん(県高2年)「学校の山岳部や山岳会が、アプリに山の情報や体験やノウハウを提供する仕組みをつくればいい」
議論の末、D班は「登山計画の作成に役立ち、山の安全の知識も得られるアプリを作り、高校や大学の山岳部が情報やノウハウを提供する」とまとめ、上原元樹さん(信ワ3年)が提案しました。
阿部守一知事は「長野県ではアプリの『コンパス』を経由しても登山計画書を出せる仕組みをすでに作っている。自分たちのアイデアでもっといいものにできるということなら、県から開発元に紹介するので、いい提案を出してください」と答えました。
■ごみ拾いしながらツアー
「自然を守る」がテーマのG、H班。G班の議論は、ごみ問題をどうするかに向かいました。
●松浦拓也さん(信ワ4年)「エコツアーの参加者が増えれば、全体のマナーが向上するのでは」
●中山史織さん(県高2年)「軽い気持ちで山に登る人が多い。初心者がごみ処理の実情について知る機会を設けてほしい。処理に関わる山小屋の人たちの気持ちを知ってほしい」
●原沢太郎さん(岳高1年)「ものを買うのもだいたいネット。そこで調べやすいようにしてみては」
●大樫亘さん(信ワ1年)「ごみを拾うことが楽しくなる仕掛けってないかな」
話し合いを経て、エコツアーの活用を軸にした提案をまとめることになりました。午後のイベントでは、山下耕平さん(信山3年)が「地元の人や学校の山岳部の協力を得つつ、ごみ拾いをしながら登山を楽しみ、自然に親しむツアーができたらいい」と提案しました。
■百名山へ、どうステップアップ
E、F班は「山岳会などに属さない登山者に、登山技術を学んでもらう方法」を話し合いました。これに先立つ問題提起として、野口健さんは大学の山岳部時代の話をしました。山行計画をOBらに提出して許可を得るというルールがあり、「技術的に時期尚早だ」と却下され悔しい思いをした話です。「それが歯止めになっていた。未組織登山者は、そうしたフィルターがなく、意識しないで危ないコースを歩く可能性もある」と指摘しました。E班は、ここから議論を進めました。
●蒲沢翔さん(信山3年)「組織に属していれば、どの山が初心者向きかなどが分かり、徐々にステップアップできるが、未組織登山者にはそれが難しい」
●唐沢隆矢さん(岳高1年)「それぞれの山について、明確な難易度を示せばいいのでは」
●南郷極花さん(信ワ4年)「山ごとの難易度はすでに出されている(長野県の『信州 山のグレーディング』)ので、例えば槍ケ岳に登りたければ、その前にここに登っておくといいですよ、という情報があると分かりやすい」
●村上友理さん(信山1年)「この山に登るなら、ヘルメットを買いましょう、みたいに、必要な装備も書いてあればなお分かりやすい」
●武江真歩さん(岳高2年)「高校生と地域の人が一緒に登れる機会があったらいいと思う」
ここから、組織に属さない登山者が経験者と組んで山に登ることについて議論は進みました。
蒲沢さんが参考用に配られた新聞記事を読みながら、「中高年の登山者が、最初に初心者向け登山講座などを受けても、難しいコースに挑戦しようとすると、ガイドを雇う必要が出てきたりして、お金がかかる悩みもあるようです」と指摘すると、松本県ケ丘高山岳部の中村祐太さんは「町内会旅行のノリで、町内会でガイドを1人雇えば、お金があまりかからない」。
さらに、蒲沢さんは信州大山岳会が毎年、お盆前後に上高地・小梨平で開いているサマーテントの例を紹介しました。サマーテントは山岳会がテントや寝具を用意して一般の人に手ぶらで泊まってもらい、希望する人は部員と一緒に近くの山に登るものですが、「見知らぬ人の輪の中に入っていくことに抵抗があるのか、一般の人の参加が少ないのが実情」と語りました。村上さんは「組織に属していない人は、新たなコミュニティーに踏み込むより気心の知れた人たちと登りたいでしょう」と話しました。
地域と交流する案と、難易度に応じ登山の段階をステップアップしていく道筋を丁寧に示す、という2案が討議され、E班は後者を選択。「ステップアップ百名山」と名付けました。
蒲沢さんは「組織に属する場合は先輩やOBから教えられて登山のステップアップを図ることができるが、個人登山者には適切なステップとなる指標が存在しないのが実情です。そこで、登山者が目標とする山に登るための前提となる山を決めて、少しずつ技術の向上が図れるような『ステップアップ百名山』を提案します」とまとめました。
具体的には、①(頂上近くまで車で行くことができ、難しいコースもない)乗鞍岳②(北アルプスの入門コースとして人気の高い)燕(つばくろ)岳③(岩稜帯(がんりょうたい)もある)常念岳④(多くの登山者があこがれる)槍ケ岳、というように設定し、それぞれの段階で、登山者が取得すべき技術や、入手しておくべき装備を示します。県警や遭難対策協議会、県内のガイド、大学生、高校生をまじえて話し合い、コースをいくつも設定したうえで県や山小屋、山岳用具専門店のホームページに掲載するほか、SNSなどにもリンクしてもらうなど、広報・周知方法も提案しました。
ほかの班とともに、同日開催された信州山岳サミットで発表されたE班の提案を、パネリストはいずれも好意的に評価しました。阿部守一・長野県知事は「いいアイデアだ。活用させてほしい。ただ『百名山』だと(日本百名山が想起されて)長野県以外の山も含むので『ステップアップ信州百名山』としてほしい。山のグレーディングはあるが、確かにステップアップするための道筋は見えにくい。モデル的に二つ三つ作ってみたいので協力してほしい」と答えました。
阿部知事はそれぞれの提案について答えた上で、「みなさんからいろんな提案をいただいたので、信州大学と包括提携させてもらって一緒に信州の山をきれいにしていきたい」とまとめました。
■どう人を集め、行政を巻き込むか 野口健さん
山に行くと若い人が多い。山ガールがブームになって、男性もつられて増えたということでしょうか。でも、学校の山岳部や社会人山岳会に所属している人は少ない。所属していないと、行きたいと思った山に行ってしまう。それで起こる遭難事故もあると思います。登山計画書を出していなければ、捜索も手間取ってしまいます。
欧州などではガイドを雇うことが盛んです。山の生態系など教えてくれるエコツアーも勉強になります。エベレストで「日本人のごみが多い。富士山のようにする気か」と言われたのを機に清掃運動を始めました。ごみ拾いをするのは簡単ですが、問題は、どうやって人を集めるか、活動を広げるかでした。環境系のシンポジウムで話しても限界がある。きっかけになったのは、テレビのバラエティー番組への出演です。学生や家族連れが多くなりました。日本中から人が集まってくると、行政が民間の僕らとチームをつくって連携するようになります。どう行政を巻き込むか。活動を広げる上で、今でも自分自身に言い聞かせているポイントです。
■参加者、短時間で提案次々と
北アルプスや八ケ岳へ、国内外から登山者が訪れる長野県は「世界水準の山岳高原観光地づくり」を目指しています。8月11日に迎える「山の日」を前に、登山事情に詳しい地元の大学生・高校生の山岳部員らに、登山の魅力や安全対策について議論してもらいました。
参加者は、間近にそびえる北アルプス登山の機会が多く、夏山合宿などで豊富な経験を積んでいます。互いに体験を語り、短時間のうちに課題解決に向けた提案を打ち出しました。阿部知事は、提案を真剣に受け止めてくれました。18歳選挙権が話題を呼ぶ中、登山の分野で「若者の政治参加」が実現した形です。今後も、彼らの提案の行く末や、若者の山にかける思いを取材し、伝え続けます。(山岳専門記者・近藤幸夫)
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◆ほかに尾沢智史、甲斐弘史、畑川剛毅、村上研志が担当しました。
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