倉橋由美子(1935~2005)=03年撮影
■文豪の朗読
《倉橋由美子が読む「ある老人の図書館」 島田雅彦が聴く》
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倉橋由美子さんとは実際にお会いする機会には恵まれなかったが、よく長電話に付き合わされた。「倉橋でしゅ」という優しく可愛い口調で繰り出される長電話の話題には三パターンあって、その一は原因不明の病についてだった。自身が悩まされている奇妙な症状を事細かに説明し、治療法がないと医師に見放されているが、死ぬことはないと明るく報告するのである。症状は悪化しているらしく、それが私に会えない理由だともいうのだが、逐一の報告を聞くうちにそれは倉橋さん自身が考え出した病気で、今度書く新作のネタではないかと疑ってみたりした。話題のその二は倉橋さんに不愉快な思いをさせた人物の批判だった。かなり辛辣(しんらつ)な告発だったが、いつも茶目(ちゃめ)っ気のある復讐(ふくしゅう)の方法を考えていて、その方法が妥当かと私の意見を求めるのだが、答えに困った。話題のその三は折々のスキャンダルやゴシップについての倉橋さんのコメントなのだが、これも酷薄で、SNSなどで発信したら、炎上は避けられないだろう。権威に対する風刺の感覚は冴(さ)えていて、今風にいえば、マツコ・デラックスばりの毒舌のリベラルという感じだった。敵に回すと恐ろしいおばさまにフレンドリーに接してもらえる幸運を若かった頃の私は噛(か)み締めていた。
日本文学には平安王朝の清少納…