村井嘉浩・宮城県知事(右)の案内で、長沼ボート場を視察する小池百合子・東京都知事(中央)。多くの住民らも注目した=先月15日、宮城県登米市迫町、福留庸友撮影
東京五輪ボート・カヌー会場の見直しで、「復興五輪はパワフルなメッセージ」と語った小池百合子・東京都知事。しかし1日、国際オリンピック委員会(IOC)などとの4者協議に示されたのは、海の森水上競技場(東京)と宮城県長沼ボート場の2カ所を併存させる案だった。「宮城開催」の実現が遠のいた現実をかみ締める関係者――。この1カ月の狂騒に振り回された地元の思いも複雑だ。
「まだ可能性はあると信じて、長沼の良さを主張していきたい」
1日夕、村井嘉浩知事は報道陣に対し「復興五輪」の旗は降ろされていないと強調した。
一度は実現しかかったかに見えたボート・カヌー競技の宮城開催。盛り上がりを見せたのは1カ月程度だったが、県の関係者の情報収集はさらにひと月前から始まっていた。
9月9日。知事室で執務を終えた村井知事は1通のメールに気づいた。差出人は、五輪開催費を検証する都の調査チームを率いる上山信一・特別顧問。
「見直しをしたい。長沼も変更先の候補。小池氏がリオパラリンピック閉会式に行く前に会いたい」
もたつけば、別の候補地に目移りされるかもしれない。「会いましょう」。すぐにメールを返信した。
震災後、上山氏と村井知事はテレビ番組で共演し、名刺交換した経緯がある。上山氏を接着剤に、両知事は走り出した。
「世論の支えがないと、できないわよね」。メディア操作に巧みな小池氏からささやかれ、村井知事はテレビの全国番組をハシゴ。10月13~18日には延べ3時間以上画面に登場した。
登米市の仮設住宅団地の視察にしても、「古い仮設じゃ見栄え悪いわよね」。県の担当者は、すぐに約500万円をかけ床を張り替え、新品のソファやベッドを運び込み、新築マンションのようにお化粧してみせた。
必死だったのは、勝てると踏んでいたからだ。ある県幹部の見立てはこうだ。大会組織委員会などが海の森を推しても、世論が「復興五輪」に傾けば、膠着(こうちゃく)するうちに時間切れで長沼しかなくなる――。
潮目の変化は18日。小池氏と会談したIOCのバッハ会長は「ルールを変えないことこそ利益にかなう」と発言。海の森を支持したとも取れた。
県幹部はこう解説する。「小池氏があの場で『私は長沼がいい』と言うと思ったが言わなかった。4者協議で、3(IOC、組織委、国)対1(都)の状況になればもう決まってる。海の森だよ」。事実、このころから、小池氏から村井知事への電話は、めっきり減っていたという。
県が長沼の整備費を「最大200億円」と打ち出せば、都も海の森の整備費を200億円近く削った。小池氏は長沼をダシに「改革効果」を演出したのか。県の担当者は言う。「意図したかどうかは別にしても、結果的にそうなった」(桑原紀彦、山田雄介)
■地元「振り出しに戻った」
「あれはただのパフォーマンスだったのか」
登米市南方町にある南方仮設住宅第1期自治会の宮川安正会長は、ボート・カヌー会場で3案が提案されたことに憤りを隠せない。
10月15日に長沼ボート場を視察した小池氏は、選手村用にリフォームしたこの仮設住宅も見学した。宮川会長は先頭に立って小池氏を出迎えた。
「長沼での開催には不安が強くなってきた。振り出しに戻った感じ」と複雑な胸の内を語る。でも「宮城県で、被災地で五輪競技をやってほしい気持ちに変わりはない」と、今後に一縷(いちる)の望みを託す。
地元には、長沼案が浮上した直後から「東京五輪・パラリンピックの水上競技場の宮城県登米市会場を歓迎する市民の会」ができ、誘致へ向けて市民大会を開くなどしている。
市民の会の阿部泰彦幹事長も「復興五輪という位置づけが無視されている。我々の意見は4者協議には届かない」とため息をつく。
県ボート協会の五野井敏夫会長は「長沼は海の森を選ぶための当て馬にされている感じ。選ばれる確率は限りなく低いだろう」と不信感をあらわにする。
10月初め、五野井会長は村井…