朝日新聞デジタルのアンケート
子育ての理想と現実の間に立ちはだかっているものの一つにお金があります。厳しい財政事情の中で、高齢者の社会保障費と子育て支援はパイを奪い合っているかのように映ることもあります。そんな中、子育ての環境を整えることで人口増と税収確保を目指した市、子どもが増え続ける区の取り組みは、ヒントになるかもしれません。
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子育て支援政策を考える際、つきまとうのが財源の問題です。行政にとっては「お荷物」なのでしょうか。子育て支援の予算を充実させ、働き手世代の人口増を実現している市もあります。
「母になるなら、流山市」。そんなキャッチコピーを掲げる千葉県流山市。市役所を訪ねると、2004年にできたマーケティング課のメディアプロモーション広報官、河尻和佳子さんが迎えてくれました。民間企業から転職し、子育て世代を対象にしたPRに関わってきました。
「スタートは危機感でした」。30~40年前に流山に移り住んだ世代が高齢化しつつありました。市内に大きな企業、観光地はなく、商業施設も少ない。医療費や介護費が膨らみ、いずれ支えきれなくなると予想されていました。歳入の柱である市民税を増やすには、人口増が必須です。
05年につくばエクスプレスが開業、都心へのアクセスはよくなりました。一方、自治体間の競争が激しくなることも見こまれていました。
地味なイメージですが、裏返せば「閑静な住宅街」。弱みを売りにしたキャンペーンが始まりました。将来にわたって人口規模を維持することを考え、ターゲットは子育て世代に。世代間対立を生まないよう、「高齢者を支えるため」という市民向けの説得にも力を入れました。
予算には限りがあります。他の自治体にみられる出産祝い金などは出さず、「助成目当てではなく、長く住んで、町づくりにも関わってくれる市民を増やしたい」と、子育ての環境作りに重点を置きました。同時に、市職員を減らすなど、歳出縮減も進めました。
保育園の定員は10年度の約1800人から、16年度は約4千人に。駅から各保育園に子どもをバスで送り届けるシステムも作りました。16年度の保育関連予算は51.9億円と、市の歳入の1割近く。09年度決算の13.2億円と比較すると、約4倍になりました。
政策の効果を実感するようになったのは、5年ほど前からです。11月現在の人口は約17万9600人と、05年4月に比べ約2万7千人増。市税収入は05年度の190億円から、10年度225億円、14年度は244億円と、順調に伸びています。移り住んだ人たちが地元で起業するなど、新たな動きも。「やり方は自治体によって違うでしょうが、危機感を共有し、きちんと説明すれば、シニア世代も理解してくれる」と河尻さんは話します。
人口増のうち、特に30代と0~9歳の増え幅が大きいのが特徴です。保育園や小中学校の整備が追いつかず、待機児童も発生するようになりました。「予想を上回って人口が増え、器が追いついていないのが悩み」と河尻さん。来年度に向けて、保育園の定員を700人以上増やす計画です。(仲村和代)
■世代間対立を避け、財源確保
少子高齢化が進む中、小学校に入る前の子どもが毎年1千人ずつ増える東京都世田谷区の保坂展人区長に聞きました。
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子どもの増加は、20代~30代で世田谷区に引っ越してきた人たちに支えられています。しかし、区内に住む1人の女性が一生に産むと見込まれる子どもの数を示す合計特殊出生率は1.1。転入が減れば、子どもの数は減ってしまいます。
子どもが減るデメリットはとても大きい。10年前、子どもは今より少なく、お祭りに来る子どもも少なかった。今は浴衣姿の子どもであふれかえっている。子どもが多いと町に活気が出ます。祖父母や親が子どもに買い物をするので、地域の商店にお金がまわる効果もある。次世代が育てば、年金や医療、介護などの支え手が増え、社会保障の持続可能性を高めることもできます。
もちろん、お金がかかる面もあります。世田谷区の待機児童数は今年4月で1198人です。2015年に約250億円だった保育園の運営費は、20年には約444億円になると予測しています。3千億円規模の区予算で、何割までを子育て支援に使うかは難しい判断です。
世代間対立は避けなければいけません。高齢者と子育て世帯が財源を取り合うと騒ぐ前に、まずは様々な事業の効率化が必要です。学校を建て替える時にプレハブ校舎を造るのをやめ、近隣の学校の空き教室を使う。数億円の財源を確保できます。
企業に子育て支援をしてもらう必要もあります。3歳以上の待機児童はほぼ解消し、0~2歳児が対策の焦点です。そこで、子どもが2歳まで父母が交代で育児休業をとれるようにし、育休給付を賃金の100%まで引き上げてはどうでしょうか。
これまで、子育て世帯の政治的影響力は皆無だと思われ、予算配分で冷遇されがちでした。しかし、匿名のブログ「保育園落ちた 日本死ね」をきっかけに、「子育て世帯にお金をかけなくていい」という議論を政治は出来なくなった。
世代間の理解は少しずつ進んでいると感じます。都知事選の世論調査で、力を入れてほしい政策の1位は「教育・子育て」。子育て世帯は数が少ないので、この結果は高齢者も含めた「子育て支援が大事だ」という認識を示しているのではないでしょうか。(聞き手・長富由希子、毛利光輝)
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アンケートに寄せられた、子育て支援予算に触れた意見の抜粋です。
●「育休手当を現役所得並みに増額する、保育所を円滑に開設できるようにする等、『子どもを社会で育てる化』する必要があると思います。特養の建設には賛成で、保育所はなぜ反対なのでしょうか。この現状こそが、『子育ては家庭で』という考えが根強いことを物語っていると思います」(東京都・30代男性)
●「何でもかんでも税金でまかなってもらうことが当たり前のような言い分は甘えとしか言いようがない。貧しければ義務教育が終われば働けばよい。多くの人は我慢するところは我慢して頑張ってきたのである」(京都府・40代男性)
●「今の日本はもう既に機能していない年功序列・終身雇用制の残骸だけが残り、経済が衰退している。経済活性化にはイノベーションや革新が必要だ。男性は仕事、女性は家庭という古い価値観では、社長に向いている女性、家庭的な男性の個性が失われてしまう。市民の意識改革が必要である」(石川県・30代女性)
●「育休取得にかかる評価差別禁止の明文化。申し送りの徹底化による復帰スキームの確立」(東京都・30代女性)
●「本当の解決策は、女性活躍ではなく、これまで習慣化してしまった男性の長時間労働の改善に他ならない。そこから目を背け続けるかぎり本質的な解決にはならない」(東京都・40代女性)
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核家族や共働きの増加で、負担の多い女性たちの「もう限界」という叫びがアンケートから聞こえました。社会全体の働き方や男女の役割分担などへの異議。あと一歩で崖を転がり落ちるところで歯を食いしばっている人が、こんなにもいることを改めて認識しました。
投稿に「言っても分かってもらえない」という記述が目立ちました。一方で、力になれないかと模索する同僚、男性、先輩、地域の声もありました。あきらめずに話し合いを続け、障壁を除いていくために一丸となる時だと感じます。深刻化する「保活」や待機児童の打開策などについて近く紙面で考えていきます。(足立朋子)
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◆ほかに今村優莉、植松佳香、及川綾子が担当しました。
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長時間労働について考えるシリーズを近く始めます。ご意見は
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