辻井喬(1927~2013)=94年撮影
■文豪の朗読
《辻井喬が読む「わたつみ 敗戦五十年に」 島田雅彦が聴く》
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昭和二(1927)年生まれの辻井喬は三島由紀夫とほぼ同世代で、高校生で敗戦を迎えており、戦争と占領のさなかで青春期を過ごしたため、かなり屈折した自我を抱え込んだ。戦後の焼跡(やけあと)は新しい政治、文化の揺籃(ゆりかご)だったが、辻井喬は自然と政治活動と文学に向かった。西武百貨店の経営者として頭角を現すのは高度成長期だが、焼跡で磨かれた左翼の知性を発揮し、池袋や渋谷の街を一変させた。
「わたつみ」は敗戦五十年にちなんで発表された詩であるが、辻井は「にんげんに本当の記憶はあるのだろうか」と問いかけ、人々が忘れまいとする、あるいは忘れようとする戦争の記憶という曖昧(あいまい)なものをしきりに何かに喩(たと)えようと手探りしている。
詩集のあとがきに辻井は自身の…