「ハードボイルドを書くために車の知識が必要」と34歳で免許取得。愛車マセラティと(北方謙三事務所提供)
■作家・北方謙三さんが語る
《年に10作を刊行、「月刊北方」と呼ばれていた1986年、伝説の連載が始まる。若者向け雑誌「ホットドッグ・プレス」の人生相談。「小僧ども」と呼びかけ、歯切れよく放つ回答が話題となり、異例の長期連載となった》
連載:語る 人生の贈りもの
エッセーの依頼を断ったら相談でいいからと言われ、半年くらいならって引き受けました。最初は何もないから若い編集者に悩みを聞く。「人妻2人とつきあってます」「そりゃひどい。そんなもんはうまくやれ」なんて、めちゃくちゃな感じでやってた。
半年過ぎたころ、編集者が「異常なくらい相談が来てます」といって、1号分なのに両手いっぱい持ってきた。1年が過ぎて「やめる」と言ったら、「何を言ってるんですか」と。とにかく相談が途切れることなく押し寄せた。それで、16年続いたんです。
《中心読者は高校生~大学生。性に関する悩みは多く、「ソープに行け!」とのアドバイス(?)は、連載の代名詞として語り継がれている》
あれって編集者が連載の最後のころ数えたら、そんなに頻繁に使っていたわけではなかったようです。言葉として衝撃力があったから後々まで語られたけれど、適当に言ったわけじゃなくて、童貞の男の子からの「女の子を好きになった。初体験をスムーズに済ますにはどうしたらいいか」という質問に真剣に答えた結果だったんですよ。
最初ははがきだった相談は次第に長い手紙で届くことが増えました。こちらも対等の友人に議論を挑まれたつもりで真剣に対しました。一貫して言ったのは「決めるのはお前である」ということ。悩むのはいいし、相談するのもいい、でも自分で決めない限り、人生は一歩も進まない。
考えてみれば40代はこの連載と共にあったわけです。始めたときに私の青春は終わっていたけれど、若い奴(やつ)らへ触角を伸ばしておきたかった。いつ16歳の少年を主人公にするかわかりませんから。ただ私の時代も今も、「小僧ども」の悩みの本質にさほど変わりはないと思っています。(聞き手・野波健祐)