弁護士の亀石倫子さん
「共謀罪」の趣旨を含む組織的犯罪処罰法の改正案が成立した場合、捜査権限の拡大に歯止めは効くのか。警察が令状なく対象者の車両にGPS(全地球測位システム)端末を付ける捜査手法について「違法」とする最高裁判決を勝ち取った亀石倫子(みちこ)弁護士(42)に聞いた。
特集:「共謀罪」
――法案をどうみるか。
犯罪が行われる前の段階を処罰するものだから、その動きを証拠化するには当然に監視が必要になります。警察は集会にスパイを潜入させて録音させるかもしれないし、密室での会話を盗聴するかもしれない。行動を把握するためにGPS(全地球測位システム)を使うかもしれません。
そんな監視社会に突き進んではいけないと思い、GPS裁判の最高裁では「子孫が振り返ったときに感謝してくれるような判断を」と訴えた。判決は「住居に準ずる私的領域」への侵入もプライバシーの侵害で、令状が必要だと、一定の歯止めをかけてくれました。
でも国会答弁を見ると、政府はこの判決などなかったかのように、「準備行為」の前でも犯罪の嫌疑があれば令状のいらない一定の任意捜査ができると説明している。できるだけ令状なしで監視したいという考え方は変わっておらず、司法が軽んじられていると感じます。
――政府は具体的な準備行為がなければ強制捜査はできず、乱用の心配はないとも説明しています。
準備段階の行為を把握しようとする以上、そのターゲットを決める時点で恣意(しい)が働かざるを得ない。それに恣意的な運用なんて私の経験上、日常茶飯事です。
例えば最近では、ダンスクラブの経営者が「風俗営業の許可がない」といって逮捕された事件がありました(無罪確定)。社会に浸透していたはずのタトゥーの彫り師が「医師免許がないから医師法違反だ」として、いきなり摘発された事件もあります(公判中)。
警察のさじ加減で、ある日突然、普通の市民が容疑者にされる。そんなことは、刑事弁護の現場にいればいくらでもあります。
――そうした懸念があっても、世論調査で賛成する人が多いのはなぜでしょう。
「自分たちは犯罪とは関係ない」と思い込み、捜査機関はいつも正しいことをすると信じている人が多いのでしょう。治安だ、テロ防止だといわれれば、それならやってくれと簡単に考えてしまう。でも私が接したクラブの経営者もタトゥーの彫り師も、善良な「普通」の市民です。捜査の暴走を知っている身としては、世の中の反応にものすごいギャップを感じます。
――共謀罪の捜査が当たり前になれば、市民生活にどんな影響があると。
「目立ったことをすれば監視される」と考えさせるだけで、萎縮効果は抜群。権力に異議を唱える声は少なくなるでしょうね。タトゥーの裁判でさえ、「応援したいけど、警察に目を付けられるのは困る」という人がたくさんいます。
つい先日、出演するテレビ番組の打ち合わせで男性プロデューサーが発した質問が印象的でした。「法案が通ったら、私たち一般市民はどんなことに気を付ければいいんでしょうか」と。思わず「気を付けなくていい!」と返しました。
私たちには憲法で保障された集会の自由や表現の自由がある。それは法律よりも保障されなければならない。もし自由にやって摘発されるようなことがあれば、その時こそ私たち刑事弁護人や心ある裁判官たちの出番です。みんなが「気を付けて」暮らす社会なんて、私は絶対に嫌です。(聞き手・阿部峻介)
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〈かめいし・みちこ〉 1974年生まれ。通信会社勤務を経て2009年に弁護士登録。刑事事件を専門に扱う「大阪パブリック法律事務所」で約200件の事件を弁護し、16年に独立して「法律事務所エクラうめだ」を開業した。エクラはフランス語で「輝き」。
■取材後記
警察庁が各警察本部にGPSの運用マニュアルを出したのは11年前。これまで多くの弁護人が見過ごしてきたであろう捜査手法に正面から異議を唱えたのが亀石弁護士だった。
「共謀罪」が萎縮を生み、こうした「異論」がなくなれば、時の権力は思い通りにできる。人びとが自由に議論を交わし、成熟した社会を形作ることの妨げにもなるだろう。「普通の人でもふとしたきっかけで犯罪に関わるのが現実。無関心ではいられない」と亀石さんは言った。この言葉をかみしめ、自分の身に引きつけて是非を考えたい。