キーボードの前でくつろぐ「輪(リン)」(1歳、メス)=東京都新宿区、木野正章撮影
猫と「同伴」で出勤し、勤務中も放し飼いにできる職場が東京・新宿にある。ウェブサイト制作などを手がけるIT企業「ファーレイ」。猫のための「手当」まである。仕事中も愛猫に癒やしてもらえる、新しい働き方が実現した理由は――。
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パソコンのキーボードを打つ音と、時折聞こえる話し声。一見、普通の静かなオフィスだが、よく見るとあちこちに猫の姿が。パソコンモニターの裏、キーボードの奥、いす、机や棚の上などで、思い思いにくつろいでいる。真剣な表情でモニターに向かう女性社員の前を猫が横断。すると女性は笑みをこぼし、背中を優しくなでていた。
ビルの二つのフロアにまたがるオフィスでは、計9匹の猫が社員らの仕事を見守っている。けんかを防ぐため、メスは上階、オスは下階。猫と飼い主が離れてしまうこともあるため、3カ月に一度、社員の席替えも行われている。
猫の世話は一番若い社員の役目。餌の時間が近づくと、その社員の周りに「猫だかり」ができる。餌代は会社が負担している。
社員の伊藤えりさんは、愛猫の輪(りん)ちゃん(メス、1歳)を連れてきている。「生後1カ月から飼い始めたので、ずっと一緒にいられて安心だった。すごく癒やされます」
代表取締役の福田英伸(ふくだひでのぶ)さんによると、社員15人のうち6人が飼い猫を会社に連れてきているという。社員の大半は会社の徒歩圏内に住み、1人で複数の猫を連れてきている人も。
「猫同伴OK」になったのは2000年の会社設立時から。立ち上げメンバーの1人が猫を飼っていて、「そのまま連れてきたら」と成り行きで決まったという。もともと大の猫好きで学生時代も飼っていたという福田さん。その後、自身も保護猫を3匹引き取り、会社に連れてくるように。そして、ほかの社員に広がったという。
「当初の目的は、恵まれない猫の保護を通じて社会貢献したいという面が強かった」と福田さん。保護を促すため、猫のための「お小遣い」を飼い主の社員に渡していたが、「いっそ制度にしてしまおう」と考えた。5年ほど前から、保護猫を飼っている社員に月5千円の「猫手当」を支給する制度を導入。今は5人に支給されているという。
猫で会社はどう変わったのか。福田さんが最も感じているのは、会社の雰囲気だ。「(猫のおかげで)共通の話題ができたり、ふとしたしぐさから笑い話が生まれたり。社員間の距離が縮まり、和気あいあいと仕事ができる」
メリットは、社外にも広がった。交流サイト(SNS)などで猫好きの間に話題が広がり、猫同伴で働きたい人からの問い合わせがやまないという。ライバルが多いIT業界で、知名度が広がれば、優秀な人材の確保にもつながる。福田さんは「求人活動にも猫が一役買っている」。志望動機の欄には、必ず「いかに猫が好きか」のアピールがあるという。
「猫がいる会社」として興味を持たれ、取引が始まることもあるという。
もちろん、猫ならではの苦労もある。オフィスのいすの背もたれは、猫が爪で引っかいてほとんどがボロボロ。猫の毛が詰まってパソコンが壊れたことも。業務で使っているチャットには「いいいいいいいいい」などのおかしな投稿がちらほら。猫がキーボードを触ってしまうためで、「よくあること」だそうだ。
他にも、猫が取引先との電話を切ってしまったり、パソコンをシャットダウンしてしまったりと、仕事の邪魔はしょっちゅうだが、福田さんは「そこから広がる笑いに癒やされますよ」とうれしそうだ。
ペットブームで猫の飼育数が増え続ける一方、安易な飼育放棄が依然、課題だ。福田さんたちの「少しでも猫を救えたら」という思いは今も変わらない。「かわいい、楽しいだけでは続かない。少しでも猫を救えたらという気持ちは社員も同じで、ただ働くだけでなく、社会貢献を考えるきっかけになってほしい」(木野正章)