2分の1成人式の割り切れぬ思い
10歳を祝う学校行事「2分の1成人式」が広がっていることを5月、生活面の記事で紹介しました。さまざまな家庭事情に配慮されていないことにも触れた記事に、子ども、保護者それぞれの立場からつらかった体験談や、意見が多く届きました=図参照。そこで考えたいと思います。2分の1成人式はだれのためにあるのでしょうか。
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■感謝の言葉 浮かばず
「いまでも思い出すのは、抱き合って泣いたり、ほほえみ合ったりする親子の中で、一人ぽつんと、どうすればいいのか分からずにいたあの瞬間です」。都内の高校に通う女性(18)は、2分の1成人式をそう振り返ります。
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幼い時から、すぐに手を上げる父親でした。裸にされてたたかれたり、投げられたり。決まって母親がいない時で、助けを求めることもできません。母親は機嫌が悪いと「産まなきゃよかった」「早く出て行け」と言いました。親は「恐怖の対象」でしかありませんでした。
式のために感謝の手紙を書く授業。周りはどんどん筆が進み「書けたー」という声があちこちから聞こえてきます。「『ありがとう』って、何を? みんな何を書いているの?」。必死で考えましたが、思い浮かびません。とはいえ、ウソを書くのは、いやだ。ひねり出した「習い事、ありがとう」などに、先生からは「もっと真面目に書きなさい」と、2、3回書き直しを指示されました。
当日は、それぞれ自分の親の前で手紙を読むことになっていました。母親がどんな反応をするかびくびくしていると、周りには泣いている親や、その親に抱きついて泣く友だちも。「何してんの?」。わけが分かりませんでした。そして、そうできない自分は他人と違うのだと、初めて感じました。
小学校と中学校の卒業式でも「親への感謝」を書かされました。先生たちは、感動させようと必死に演出していました。しらじらしさしか感じなかったと言います。
高校に入ると、一時は児童相談所の一時保護所で過ごしました。自傷が直らず、ひっかいてしまったりたたいてしまったりして、体のあちこちに傷があります。母親から「あてつけか」と言われている傷です。いまは、一日も早い自立を目指しています。
「なぜ親を関わらせたり、『感謝』にこだわったりしちゃうんでしょうか」。今も疑問です。
都内の女性(24)にとっても、つらい思い出です。小さい頃に母親が亡くなり、その後は祖父母の家や父親の再婚相手とその子どもと暮らしていました。再婚相手は「お母さん」と呼ぶことを許さず、ちょっとしたことで部屋のドアを蹴飛ばしたり、金切り声で怒鳴ったりしました。お気に入りのぬいぐるみのおなかを切られたり、「臭いから一緒にするな」と言われ、洗濯物は別にして自分で洗ったり。それでも「自分が悪いんだ」と思い、諦めていました。
式には、子から親への感謝の発表がありました。みんなで丸くなり、真ん中に出て発表します。女性の親は来ていませんでした。発表が始まると、抱き合う親子や、涙を見せる親がいました。「みんな幸せなんだ」。自分の番が回ってきて手紙を読み始めると、ぼろぼろと涙が出てきました。「なんで私にはお母さんがいないんだろう」「誰にありがとうって言ってるんだろう」。友だちにしがみついて、泣きました。
「周囲から見れば、うちは裕福な『いいおうち』。でも、中身はそうではない。家の中がどうかなんて、外からみても、わからないんです」
■親の感動 優先?違和感
感謝される側にも、色々な事情があるようです。
東京都杉並区の女性(45)は長男の入学前に離婚。その後、別れた夫と交流はありませんでした。5年前に2分の1成人式の準備のために、小さい頃の写真と、その写真のエピソードを聞いてくるという宿題が出されました。普段は見ないアルバムを開かざるを得ませんでした。
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長男は「お父さんだね」などと言いながらアルバムをめくり、「なんで離婚したの?」。夜中まで説明しました。いずれ説明しようとは考えていましたが、「自分のタイミングで話そうと思っていたのに――」。不満が残りました。
当日はオルゴールのBGMが流れる中、親から募った子どもへのメッセージを先生が読み上げました。「泣け」と言われている――。そう感じてしらけていると、隣の母親は感涙。異様な雰囲気だったと言います。「学校は『親を感動させました』と言いたいのでしょうか。うすうすやりにくい家庭があると気づいているのに、感動を優先させている気がしました」
子育てに悩む親もいます。埼玉県の女性(41)は、長女の2分の1成人式の日に学校を休ませました。子どもが幼い頃から、ちょっとしたことですぐにいらいらして、子どもを怒ってしまいます。わがままを言ったり、はしゃいだり、騒いだりする子どもに、うるさいと感じていました。「子どもらしい」と分かっているのに。甘えられても、かわいいと思えません。「そんな自分が、許せない」。ずっと悩んできました。
式は、子どもから親への手紙を読むという内容でした。「私に書くことなんてないんじゃないか」「書きたくないのに、無理やり書かされたんじゃないか」。不安が募りました。感動できない自分や、感動している周囲を想像するのも、気が重い。前日に長女が発熱したのを口実に、当日は学校を休ませました。
次女は今年度が4年生です。「私のような普通に見える親でも複雑だということは、先生に言わないと分かってもらえない」。勇気を出して、担任にやり方を変えてもらうよう要望するつもりです。
実際に学校に意見して、内容を変えてもらった人もいます。
千葉県四街道市の女性(75)は、孫の女児と一緒に暮らしていました。3歳だったその子を残して、娘は病気で亡くなりました。
孫が3年生の1月、「学校だより」に2分の1成人式の様子が載っていました。親に感謝する行事で、校長は称賛しています。「こんな行事があるなんて!」。すぐに夫に相談しました。
担任に手紙を書きました。なぜあえて、みんなの前で感謝を読み上げるのか。なぜわざわざ、母親がいないことを発表しなければいけないのか。そんな疑問をぶつけ「やり方を考えて欲しい」と訴えました。すると、渡したその日の夜に、担任から「私も本当は反対です」と電話がありました。4年生の担任とも話し合い、「前向きで、すべての子どもが同じ立場でできる内容に」と要望しました。その結果、将来のことを発表する会になったそうです。担任からは「熱心な先生もいて、教師同士ではおかしいと言いにくい。保護者から言ってもらえたので、対応できました」と言われたそうです。
■「配慮不足」警鐘ならす活動
2分の1成人式が持つ危うさを主張している人たちもいます。
さいたま市で精神障害を持つ親とその子どもを支援するNPO法人「ぷるすあるは」は2年前、1本の動画をつくり、ユーチューブにアップしました。タイトルは「家族にありがとうがしんどい子どもたちがいます」。親から虐待を受けている子どもが、学校で「家族への感謝の手紙」などの宿題を出され、苦悩する様子をイラストで描いています。
作成のきっかけは、2分の1成人式の盛り上がりや、家族を美化する風潮に疑問を抱いたことでした。ツイッターでは、「これはつらいね」「知らないだけで身近にいるかも」などの反応がありました。
イラストを担当する細尾ちあきさんは「学校の行事から、子どもたちは逃げられません。家族を『いい』と思えない親や子どもたちは、より追いつめられ、誰にも話せないと感じてしまうでしょう」と話しています。
養子縁組などの親子にとっては、どうでしょうか。
埼玉県内の里親らが集まる「埼玉里母の会」は1年前、里親ら100人ほどにアンケートをとりました。内容は、2分の1成人式と、小2の生活科で実施される生い立ちを振り返る授業について。どちらも家族や生まれた時のことなどに触れるケースが多く、里親たちが頭を悩ませていたといいます。
アンケートには、おなかにいた時や赤ちゃんの時の様子などを聞かれて、心を痛めたという声が寄せられました。結果は今後、教育関係者の理解を求める活動につなげる予定です。「いろいろな家庭があることに、もっと配慮してもらうきっかけにしたい」と担当者は話しています。
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「複雑な家庭の子がいる時は配慮している」「保護者から意見があれば内容を変える」。この取材で耳にした、学校の対応です。でも、家庭の状況は外からは分かりません。「家族」や「感謝」をテーマにした行事には、異を唱えにくいでしょう。声を上げられない保護者もいます。生活面の記事には、メールや手紙など150の意見が寄せられました。ほとんどが、つらい体験や違和感を書いたものでした。押し殺してきた思いが、集まったのだと感じました。(田中聡子)
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