沖ノ島の深い森に包まれる宗像大社沖津宮=2017年、福岡県宗像市、小宮路勝撮影
かつて「沖ノ島」での取材の機会を得た朝日新聞西部本社の中村俊介編集委員が、「神宿る島」への上陸記をつづった。
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玄界灘の波は荒い。高速船で1時間余り。見渡す限り何もない海上に不安と孤独感が募り始めたとき、はるかかなたにかすかな島影が、視界に飛び込んできた。この瞬間、古代の船乗りたちの喜びは、いかほどだっただろう。生死を賭けた航海で、それは記者の安堵(あんど)感どころではなかったに違いない。
本土から約60キロの沖合。島自体は東西1キロ、南北0・5キロ、周囲はたったの4キロほど。そんなちっぽけな孤島が大海原にポツンと存在すること自体、奇跡に近い。大和政権や海の民がこの島に神の姿を重ねたのも当然であった。
一木一草一石さえ持ちだしてはならない。島で見聞したことを口外してはならない。そもそも、みだりに立ち入ることは許されない。そんな宗教的禁忌に守られた不可侵の神域に、過去3回ほどだったか、私も機会を得て上陸させてもらったことがある。最も近いのは2015年の11月。ユネスコ世界遺産への推薦が決まってからのプレスツアーだった。
海上から仰ぎ見た切り立つ崖は、人を寄せ付けない峻厳(しゅんげん)さ。雨に煙り、ますます神秘的な雰囲気が漂う。
船は唯一の岸壁に横付けした。目の前には神職が一人っきり、10日交代で島を守る小屋がある。そこですべての衣服を脱ぎ捨て、素っ裸になって目の前の海岸に走る。上陸にはみそぎをしなくてはならない。例外なく誰もが海の水で身を清めなくてはならないのだ。
晩秋とはいえ、水は冷たい。首までつかるには気合がいる。雨も追い打ちをかけ、あちこちで「……う~」とうなり声が漏れた。
みそぎを終えると、いよいよ沖津宮に鎮座する田心姫神(たごりひめのかみ)との対面が待っている。鳥居をくぐり、狭く長い階段を上る。足場は悪い。当然だ。観光客用にあるわけではないのだから。
沖ノ島は亜熱帯植物の北限だという。かなり高い緯度に立地するにもかかわらず、対馬暖流の影響で比較的暖かいのだ。島がはぐくむ原生林は天然記念物。オオミズナギドリなどの野鳥の楽園でもある。
行く手を覆うように生い茂る照葉樹の木々で足元は薄暗い。巨木は少ないけれど、こぶりな太古の森という表現がぴったり。その種類は常緑広葉樹を中心に、タブノキなど180種ほどにのぼるそうだ。
やがて右手に木々に囲まれた「…