スイフトスポーツのインパネ周り。赤いガーニッシュが随所にあしらわれる
スズキがこのほど、主力小型車スイフトのスポーツバージョン「スイフトスポーツ」を投入した。珍しくマニュアルミッション(MT)仕様が販売の過半を占める硬派なコンパクトハッチ。いまや「絶滅危惧種」ともいえそうなこのマニアックな一台に試乗しながら、今あえてマニュアル車を選ぶ意味を考えた。
先代より70kg軽量化 スズキ「スイフトスポーツ」
スイフトスポーツは、歴代スイフトに設定されてきた高性能モデル。コンパクトな車体に吹け上がりの良いエンジン、ハンドリングの軽快さで、プロ・アマ問わずモータースポーツのベース車として人気があり、「スイスポ」の愛称で親しまれている。今年1月に全面改良された3代目(国内向けとしては4代目)をベースに、今年9月、満を持して新型が発売された。現行スイフトは軽量化と剛性アップによる乗り味の良さで評価が高いだけに、ファンの間ではその仕上がりが注目されていた。歴代で初めてターボを搭載した新型は、1.4リッターながら低い回転域からトルクを稼ぎ、2リッタークラスの自然吸気エンジンを上回るという。また、欧州仕様のスイフトをベースに3ナンバー枠まで車幅を広げ、走行安定性を高めた。
■疲れるが万能感に満ちた運転
試乗したのは売れ筋の6速MT仕様。先代スイスポでは、販売台数の7割がMT仕様だという。オートマチックトランスミッション(AT)やCVT(無段変速機)など2ペダルのイージードライブ主流のご時世に、7割という比率は極めて高い。
両足でブレーキとクラッチを踏みながら、エンジンスターターボタンを押す。大径マフラーによる野太いアイドリング音が、はやる気持ちをかき立てる。しかし、走り出しは拍子抜けするほど静か。チューンドカーにありがちなアクセルのオン、オフによる吸気音や吹き返し音も、室内にはほとんど入ってこない。
ところが、アクセルを踏み込んで得られる加速感は痛快そのものだ。クラッチを介してエンジンの回転がそのまま前輪に伝わるようなダイレクト感はMTならでは。シフトレバーはショートストロークで、小気味良くギアチェンジする。往年のMTのように、手応えがあいまいだったりガリガリと金属音が鳴ったりすることも皆無だ。一方で、低回転からトルクが湧き上がる今どきのターボ過給の恩恵で、シフトチェンジを怠って3速のままでも常用域はカバーできてしまう。
このように、ドライバーのシフト操作一つでクルマのキャラクターを自由につくれるのがMTの魅力。渋滞や長時間のドライブは確かに疲れるが、ジェントルな変速で同乗者に配慮した穏やかな車内空間を演出したり、低いギアで高い回転を維持しながら峠道を駆け抜けて人車一体感を味わったりと、両手足をあくせく動かして自らの意思をクルマに伝え続けることで得られる万能感に満ちた操縦感覚は、MTでしか得られない楽しみだろう。
近年、ドライバーの不注意や判断遅れをリカバーする予防安全技術の進化は著しい。その一方で、路面状況やエンジン回転数を常に意識しながら能動的な操作をドライバーに要求し、それでいて、急アクセルで誤発進しようとするとエンストしてちゃんと止まるMT車の美点も、もう少し見直されて良いのではないだろうか。加えて新型スイスポは、MT車にも自動ブレーキや車線逸脱抑制などの安全機能をきちんと備えるのだから、その手堅さには拍手を送りたい。
■AGS仕様がないのはガッカリ
ただ、いかにもスポーツモデルという感じの内装の赤色のガーニッシュが、子どもっぽくて若干気恥ずかしい。この手の派手な装飾は、スズキのスポーツモデルに共通する特徴でもある。もうちょっと控えめで上品な、シニアドライバーにも抵抗がない落ち着いた仕様があっても良さそうに思えた。
さらにいえば、MT仕様と併売される2ペダル版がATしかないのが、かえすがえす残念でならない。6速AT仕様の加速はスムーズだが、やはりスイスポの持ち味であるキビキビ感は損なわれる。独フォルクスワーゲンの「ポロGTI」や仏ルノーの「ルーテシアR.S.」など、欧州のライバル車がことごとく2ペダルMTを用意するのに比べて商品力の弱さは否めない。せめて、現行スイフトのハイブリッド車(HV)に採用されたMTベースのAGS(オートギアシフト)仕様を、追って投入できないものだろうか。販売台数の比率が小さい2ペダル版においても、MTゆずりの軽快感を楽しめるような配慮に期待したい。(北林慎也)