仮面女子の桜雪さん=東京・秋葉原、坂本進撮影
大学入試センター試験まで残り1カ月になりました。受験生にとってはクリスマスも正月もないラストスパートの時期です。6年前、受験勉強をブログで報告しながら、浪人を経て東京大学に合格したアイドルがいます。女性アイドルグループ「仮面女子」の桜雪さん(25)です。「落ちろ、落ちろ、落ちろ」。そんなネットの悪意に満ちた書き込みに、負けてたまるかと奮闘した桜雪さんの合格体験記をお届けします。
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最初の受験は完敗でした。
現役のとき東大は「E判定」。「受かるわけないから志望校を考え直せ」って言われているのと同然なのに、東大受験を強行して、落ちました。試験での挫折は人生初でした。
東大の問題がかっこよかった
高校は進学校でしたが、合唱団に所属したり、男子バスケ部のマネジャーをしたり、勉強はそっちのけで充実した高校生活でした。
高3になり、さあ受験という空気の中、行きたい大学や学びたいことがわからない。「だったら受験問題を見て志望校を考えてみたら」という先生のアドバイスに、「この問題を解けるようになりたい」と思ったのが、東大でした。「どう考えるか?」を重視した問題や、なぞなぞみたいに頭を柔らかく使うセンスを求められる、かっこいい問題だと思いました。逆に、長い論述を求める京大の問題は苦手でした。
志望校を決めたものの、合唱と部活を引退した後の喪失感があって、受験勉強に集中できない自分がいました。居場所がないような気がしていた時に、SNSで見つけたのがいまの所属事務所です。音楽に関わる活動を続けたくて面接に行きました。そこで「やりたいことをやるために、まずはファンを獲得しよう。そのためにアイドルになろう」と説得されました。正直、私なんかがアイドルなんて炎上案件だなと思いましたが、好奇心や何か始めたいという気持ちが勝って。これが、受験勉強をつづるアイドルのブログ「桜雪の東大一直線」のスタートです。
不合格の翌日に東日本大震災
内緒で書いていたブログですが、アクセス数の増加とともに、特定されてしまいました。周囲から「この成績で東大志望?」「受験時期にアイドル活動とか痛いよね」などといったバッシングが聞こえるようになりました。それは嫌でしたね。思うように成績が伸びずにあっという間に受験シーズンに突入。焦りの中、東大受験の前日に「落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ……」と大量のコメントが寄せられブログが炎上しました。試験後は「ああ、この感覚はいつものやつだな……」と、手応えがなかった模試の時の感覚。結果は不合格でした。2011年3月10日のことです。
翌3月11日。東日本大震災が起きました。ニュースに流れる津波の映像はショックでした。
でも、被災地が復興に向かう様子や、日本全体ががんばろうという雰囲気の中、「私も」という気持ちがわいてきました。私もゼロからのスタートだ、私のことを悪く書く人たちに負けてたまるか、と。そんな風に思い直して、教科書を最初の1ページ目から読み直すくらい、基礎から徹底的にやり直しました。勉強の鬼になると決めて、1日最低でも10時間。そうするうちに夏ごろ「E判定」が「B判定」になりました。
合格後の得点開示でわかったのですが、合格ラインのギリギリ1点差でした。合格した時は、夢だった現役東大生アイドルとしてステージに立つことができるという喜びでいっぱいでした。結果が出せたという解放感もありました。
一方で、漫画の最終巻を読み終えてしまったような寂しさもちょっとありました。現役時代は「受験勉強は嫌なもの」というイメージでしたが、浪人では「受験勉強が趣味みたい」な感覚だったからです。やり方を工夫すれば、勉強でもテンションが上がる方法は見つかります。
アイドルは悪口を言われてなんぼ
「東大一直線」とブログで宣言したことで、後に引けない状況に自分を追い込んだことが大きかったです。絶対にあきらめられないという意志を維持することができました。また、毎日ブログを更新することは、サボれない状況を作ることができたし、一日を振り返る自己分析ツールとしても有効でした。
一方で、ネットの悪口に心が折れそうになることもありました。もうブログをやめたい、写真をアップしたくない、と事務所に相談したこともあります。でも、事務所からは「活躍しているタレントさんが、どれだけネットで悪く言われているか調べてみなさい。それでも輝いているでしょ?」と諭されて気がつきました。輝いている人たちは、悪口なんて気にしていないと。人前に出るということは、悪口を書かれることも当たり前なんだ、むしろ、言われてなんぼなんだ、というメンタルに切り替えました。
卒論はファン心理の研究
大学では心理学を専攻しました。卒業論文は「ファン心理の認知的傾向」をテーマにしました。大学卒業後は、研究者への道も考えましたが、研究費をもらう以上、アイドル活動は難しいため、アイドル1本で行こうと決意しました。
最近は海外でライブをする機会もあります。日本だと、アイドルって女の子が若さを売りにしているといった風に見られがちですが、海外だと私たちの音楽・エンターテインメントが、言葉の壁を越えてこんなにも人を熱狂させているんだと感じることができます。国境も言語も文化も超える、これが音楽の力なんだと感動しました。今後はエンターテインメントで国際的な貢献をすることが目標です。(聞き手・佐々木洋輔)
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さくら・ゆき 1992年、三重県生まれ。東京学芸大付属高卒。浪人を経て東京大学文科三類に入学。2016年、東京大学文学部(心理学専修)を卒業。アイドルユニット仮面女子のアリス十番のメンバー。著書に「地下アイドルが1年で東大生になれた! 合格する技術」。本名は非公表。