5人が死亡した三菱マテリアル四日市工場の爆発事故現場。写真中央付近に横たわるのが爆発を起こした熱交換器=2014年1月9日、三重県四日市市、朝日新聞社ヘリから
三菱マテリアル四日市工場(三重県四日市市)で2014年1月に18人が死傷した爆発事故で、約4年にわたった県警の捜査が終結した。同社がまとめた事故調査報告書に記載されていない新たな事実も分かったが、刑事責任を問うのは困難との判断に傾いた。
爆発事故は「想定外」――。専門家を交え原因究明にあたった同社の調査委員会の結論はそうだった。
工場では、半導体や太陽光パネルの材料となる高純度シリコンを製造。純度の低いシリコンを化学物質と反応させたり、熱を加えたりして純化させている。爆発事故は、熱を加える工程で排出される高温のガスを冷やす冷却器で起きた。
熱交換器と呼ばれる冷却器は円筒形。使っている間に配管の内側にシリコンの化合物がこびりつくため、メンテナンスの一環で製造ラインから外し、内部を洗おうとしていた。
作業員はマニュアル通り、洗浄前の準備作業を進めた。内側に付着したシリコンの化合物から燃えやすい水素などが出るのを抑え、水素爆発を防ぐため、ふたを開ける前に、水を含ませた窒素と乾燥させた窒素を順番に注入した。
だが、水素爆発を念頭に置いたこの「安全対策」が裏目に出た。この過程で業界でもあまり知られていない化学物質が生成され、爆発の引き金になった。
水を含ませた窒素を注入した際、水分が化合物と反応して爆発しやすい危険な物質に変化。この物質は低温状態で反応したり、反応した後に乾燥状態に陥るとさらに爆発威力が高まる。
こうした危険な状況に気づかないまま、作業員らがふたを開け、その振動で発火し、爆発に至った。つり下げていたクレーンのワイヤーを引きちぎり、重さ約300キロのふたが10メートルも吹き飛ぶほどの衝撃だった。
爆発の引き金になったこの物質について、調査委員会は「公知の科学的情報がないこともあり、適切な安全対策について検討することができなかった」と結論づけた。
なぜ、窒素を注入する手順がマニュアル化されていたのか。捜査関係者によると、過去に起きた発火事故がきっかけだった。
10年2月に冷却器を洗浄する際に残留物が発火し、作業員1人がやけど。当時の幹部はこの事故を水素爆発だったと判断し、対応策をまとめた。11年3月にも冷却器の洗浄作業中に内部の残留物が発火して3人がやけどし、この手順を徹底させたという。
同社は、14年1月の事故についても会見などで水素爆発ではないか、との見解を当初は示していた。
類似の事故、検証に至らず
事故は本当に想定外だったのか。捜査では、ほぼ同じメカニズムとみられる事故が過去に起きていたことが確認され、工場関係者がどの程度危険性を認識していたかが焦点になった。
捜査関係者によると、四日市工場と同じ工程で高純度シリコンを製造する米国の関連工場で13年夏ごろ、爆発事故があった。シリコンに熱を加える炉のメンテナンスのため、空気を流し込んだところ内部の残留物が爆発し、炉のふたがひっくり返ったという。
原因を調査した米工場の幹部は、炉に残留していたシリコンの化合物が空気中の水分と反応し、危険な物質に変化して爆発したと推定。四日市工場でもそれまで冷却器の事故が相次いでいたことから、当時の四日市工場長と副工場長ら宛てに「四日市工場で起きた事故は水素爆発ではなく、この物質が原因ではないか」「シリコンの化合物に水分を加え、その後に乾燥させると危ない」などとメールを送っていたという。
14年1月の事故は、そうしたメールのやり取りのさなかに起きた。
県警は、10年と11年に起きた事故も水素爆発ではなく、シリコンの化合物による発火事故だった可能性があるとみて捜査。当時の工場長らがメールの内容や過去の事故を検証し、手順を見直していれば事故を防げたとみて調べた。
ただ、米工場では、事故原因となった物質を採取しての調査まではしておらず、四日市工場の原因物質とまったく同じとは確認できなかった。専門家の中には「過去の発火や爆発は機器の種類が異なっており、規模も小さかった。これほどの大きな爆発までは予見できなかった」との意見があった。
業務上過失致死傷罪の構成要件の柱は、事故が予測可能だったかどうか(予見可能性)だ。県警はこの立証が困難と判断したとみられ、元工場幹部らの書類送検に合わせて付けた意見は、起訴を求めない「しかるべき処分」にとどめた。
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〈三菱マテリアル四日市工場の爆発事故〉 2014年1月9日午後2時ごろ、化学物質を冷やすのに使っていた冷却器の内部を洗うため、ふた(重さ約300キロ)を開けた直後に爆発。5人が死亡、13人が重軽傷を負った。県警は12月5日、当時の工場長(60)と副工場長(58)を業務上過失致死傷の疑いで書類送検した。(国方萌乃)