山極寿一さん提供
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ゴリラが専門の霊長類学者で京都大学総長の山極寿一さんと、小説家の小川洋子さんの対談本『ゴリラの森、言葉の海』(新潮社)が好評だ。京都で開かれる河合隼雄物語賞・学芸賞(河合隼雄財団主催)の選考委員として出会い、意気投合。ゴリラと言葉をめぐる対話で浮かび上がったのは、「言葉にならない大切なこと」だった。お互いの共通項から、文明論へ――。濃密な対話を一挙公開します。
霊長類学者で京大総長の山極寿一さん(右)と作家の小川洋子さん=2019年6月18日午後、京都市左京区、槌谷綾二撮影
――対談はどのようにして始まったのでしょう?
山極寿一(山) 小川さんが河合隼雄物語賞の選考委員で、私が学芸賞の選考委員。物語賞と学芸賞は別々に審査をしますから、会って話をする機会がないんですよ。受賞作発表のときにやっと顔を合わせて、お互いどういう作品を選んだのか、その理由を述べ合いました。そういうことをきっかけにして、いろいろと会話をするようになったんですね。それがとても面白かった。それで実際、イベントで対談してみようかという話になったんだと思います。
――それが計4回もの対話につながって、最後はお二人で屋久島も訪れました。
山 まあ、成り行きだね(笑)
小川洋子(小) そうですね(笑)。でも最初の、お客さんを入れた公開対談ですと、どうしても時間に区切りがありますし、一応あらかじめ考えていた話の流れを追いながらということになりますから、私のほうに欲求不満がたまって。もっとざっくばらんに脱線しながらやりたいな、という気持ちがあって、2回目3回目と。こちらからお願いしたようなかたちです。
おがわ・ようこ 1962年生まれ。作家。91年「妊娠カレンダー」で芥川賞、2004年『博士の愛した数式』で本屋大賞など。新刊は堀江敏幸さんとの共著『あとは切手を、一枚貼るだけ』。
作家の小川洋子さん
山 最後に屋久島にお連れしたのはね、小川さんは言葉のプロだけど、僕は言葉にならないものを扱っている。動物の世界を描こうとしている研究者なので、こちらの世界にちょっと踏み込んでもらいたいなと、知ってもらいたいなという気持ちがあったからなんです。
言葉ではすくい取れなかった
――ゴリラと言葉は一見ミスマッチですが、言葉を持たないゴリラを見つめることで、言葉にとらわれる私たちが浮かび上がってきます。
やまぎわ・じゅいち 1952年生まれ。ゴリラが専門の霊長類学者。京都大学総長。日本学術会議会長。『父という余分なもの サルに探る文明の起源』など著書多数。
霊長類学者で京大総長の山極寿一さん
山 言葉は、動物たちが様々な種類のコミュニケーションをしているうちの、わずかな一部分でしかないんです。でも、人間はそれを、現代では非常に大きなものとして扱っている。僕がゴリラと会話をするときには言葉を使うわけにはいかない。そうすると、これまで言葉として使っていた能力をいったん覆い隠して、言葉以外の能力でゴリラと通じ合わないといけない。向こうの立場に立って、どういうふうな行動をしたらいいのか、相手の心を探り当てたらいいのか、ということを考えるわけです。そのときに、普段見えていなかったものが見えてくる。それが、人間が言葉ではすくい取れなかったものだという気がしますね。それをいま、人間は言葉を多用することによって、忘れ去ってしまっているという気がする。
山極さんが「我々の身体はまだ縄文時代にいる」と語れば、小川さんは「ゴリラには『今』しかないんですよね」と問う。ゴリラたちの写真もまだまだあります。
特に文字というのは、作家を前…