朝日新聞デジタルのアンケート
たばこ規制政策の専門家が来日し、日本の受動喫煙対策を「前世紀並み」と表現しました。朝日新聞デジタルでの2回のアンケートには、合わせて約3900の回答がありました。立場によって意見に大きな開きがみられます。そんな中、議論のあり方について寄せられた声を中心に紹介します。
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世界のたばこ規制政策の第一人者とされる世界保健機関(WHO)生活習慣病予防部長のダグラス・ベッチャーさんが7日、東京・新橋の飲食店街を視察しました。世界各国の対策はどこまで進んだのか。日本の現状をどう見るか。視察や会見で述べたことを紹介します。
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ベッチャーさんは新橋のカフェの入り口に禁煙席と喫煙席の数が書いてあるステッカーを見つけ、「まったく効果がない表面的な対策。客や従業員の健康を守れない」と批判。
「日本の受動喫煙対策は世界では最低レベルの政策だと評価され、前世紀並みに遅れています。1980年代後半、新宿の回転すし店に行きましたが、喫煙者がたくさんいました。数年前、同じ店に入ると両隣がまた喫煙者でした。タイムワープかと思ったほど、たばこ対策は何も変わっていません」
新橋駅前広場の屋外喫煙所も見学した際、「屋外の対策もいいが、すぐに屋内を全面禁煙にすべきだ」と指摘しました。「ニューヨークや上海などは屋内禁煙が先で、次に公園や海岸などの屋外を禁煙にしました。日本は逆で、屋外が先に禁煙になりました。ポイ捨て、やけど防止が目的なのは分かりますが、屋内に入ると喫煙者と非喫煙者が同じ空間に座っている。とても危険な状態です」
2004年にアイルランドが屋内の公共空間を禁煙にして以来、世界では15年までに49カ国が屋内完全禁煙法を定めています。
「とても大きな変化です。すでにブルキナファソやネパールのような四つの低所得国でも最高基準の屋内完全禁煙法が施行されました。中所得国でも同様に30カ国で達成されています。日本がいかに取り残されてしまっているかが分かるでしょう。飲食店の一部に喫煙室が設けられる厚労省の案では、いまいる最下位のグループから、2番目に低いグループになるだけです」
日本で導入が検討される「喫煙専用室の設置」などの分煙政策については「効果がない」と、他国を引き合いに強調しました。「北京市は五輪開催直前の08年5月から15年6月まで部分的な屋内禁煙条例を施行しましたが、受動喫煙の状況は条例前と変わりませんでした。部分的な禁煙では効果がないのです。この失敗をばねに北京は15年6月、屋内完全禁煙の条例に切り替えました。上海市も北京同様、屋内完全禁煙です。他都市もこれに続き、都市レベルの取り組みで6千万人の中国人が受動喫煙から守られています」
「スペインも日本の厚労省案のように一部の飲食店の喫煙や喫煙室を認めた法律が06年に施行されましたが、法律の施行前後で、喫煙できる店と、喫煙室を別に設けた店での(従業員の)受動喫煙の状況はほとんど同じでした。完全禁煙の飲食店だけが受動喫煙を防げると分かったのです。そこで11年から飲食店やバーを含めた全飲食店の完全禁煙に切り替えました。スペインの教訓を日本もぜひ学んで欲しい。分煙では、受動喫煙は防げない。まったく効果がないと分かって欲しいのです。20年の五輪と19年のラグビーW杯の日本開催を控えたいまが、絶好の機会なのです」(福地慶太郎、錦光山雅子)
■条約・五輪…各国で進む屋内禁煙
世界各国で進む受動喫煙対策は、2005年に発効した「たばこ規制の枠組み条約」(FCTC)8条に締結国の「義務」として盛り込まれた「たばこの煙にさらされることからの保護」に基づくものです。
各国の屋内禁煙の法律作りを加速させたもう一つの要因がオリンピックです。国際オリンピック委員会(IOC)やWHOは「たばこのない五輪・パラリンピックの実現」に合意していて、例えばブラジル・リオデジャネイロは09年に州法で屋内禁煙となり、18年に平昌(ピョンチャン)で冬季五輪を開催する韓国でも15年1月、すべての飲食店が原則禁煙になりました。
五輪開催が追い風となり、これまで受動喫煙対策を「努力義務」としてきた日本で、厚労省が「屋内原則禁煙」の方針を新たに掲げました。ただ、条件付きで一部の飲食店などに喫煙専用室を設けるとしています。この方法は、FCTCの8条に基づいた政策を展開するために示されている「ガイドライン」で「換気、空気清浄装置、喫煙区域の限定などの工学的対策は、受動喫煙防止にはならない」とされています。
■アンケートに寄せられた意見
受動喫煙をめぐる議論と今回の議論に触れた意見の一部です。
●「『海外では屋外の喫煙規制が緩やか』だから屋内の規制を海外並みにするのは『実態軽視』という『専門家』の意見は筋違いだし、都市近辺では通勤通学電車の利用者が圧倒的に多く駅周辺や住宅街での路上喫煙による被害が多いので対策が不可欠という日本の実態を見ていないのではないか。また、路上喫煙の防止条例があっても、見回りや声掛けを毎日するなどして実効性を上げている自治体はまだ少ない。条例があっても禁止区域を設けても罰則もなく実際には歩きたばこが野放し状態のところも多く、規制が『厳しい』というには程遠い。まずは最大の『公共空間』である道路上を、だれもが安心して歩ける場所にするべきではないか」(東京都・40代男性・吸ったことはない)
●「居酒屋くらいいいだろうと思っていましたが、従業員(アルバイト学生など)の受動喫煙リスクを指摘されて転向しました」(北海道・50代男性・吸ったことはない)
●「受動喫煙は避けたいのですが、過度に決めるのは避けて欲しいです。度を越えたものは守られなくなりますし。たばこの煙とは別にたばこのにおいも規制していくのでしょうか。受動喫煙防止自体は検討すべきだと思いますが、進んでる方向がたばこ禁止と同意にならないよう進めて欲しいです」(佐賀県・50代男性・吸うがそれほどではない)
●「小生は喫煙者ではありませんが、昨今の<嫌煙こそ正義>という風潮には違和感を覚えます。確かににおいと煙は生じますが、そんなに目くじらを立てるものなのでしょうか。<煙草(たばこ)の匂いのシャツにそっと寄り添うから♪>という歌があった<おおらかな>時代は過去のものなのでしょうか。日本人の体質はそんなに大きく変化したのでしょうか。嫌煙家の方々のご言い分は<喫煙者は少数派であるから隅に追いやるべし>、<喫煙者はくさいにおいをまとうので排除すべし>……。こういう類の主張を昔々ドイツでした方がいらっしゃいました。世界初の禁煙法を作ったのはナチスドイツです。WHOが全てではない。日本独自の分煙文化を世界にみせたいものです」(東京都・40代男性・吸ったことはない)
●「完全禁煙でないと受動喫煙を防止することはできないと考えます。また、喫煙者自身の健康を守るには禁煙以外ありえませんので、社会全体でそのメッセージを発するべきです」(茨城県・60代男性・吸ったことはない)
●「受動喫煙の論議になると、煙草(たばこ)の煙がまるでサリンガスのような扱いになってしまい、極論に走る傾向にあると思います。今の熟年世代は、受動喫煙の中をかいくぐってきたのですが、他の世代と比べて病気の率はどうなのでしょうか? もう少し、おおらかに構えてはどうなのでしょうか? 欧米から遅れているという常套句(じょうとうく)が使われますが、議論の本質から離れているように感じます。『外国からの訪問者が増えるからより強い防止策』というのではなく、喫煙者、非喫煙者がWinWinの関係になれる防止策を望みます」(広島県・60代男性・今は吸っていない)
●「WHOが指摘しているのは屋内における受動喫煙の話。欧州では屋外喫煙可で街中にキチンと灰皿が整備されている。日本の健康増進法等における受動喫煙は『屋内またはそれに準ずる環境』と明記されている。たばこが酒類同様に合法な嗜好(しこう)品である以上、多様性を尊重し、屋内外トータルでバランスをとった日本らしい分煙環境の実現を希望したい」(広島県・40代男性・吸うがそれほどではない)
●「健康のために規制と配慮は必要だが、合法で喫煙できる現在、喫煙者への配慮も必要と感じる。どちらか一方ではなく、お互いがお互いの権利を認め、お互いに配慮しながら生活できる意識醸成が必要」(神奈川県・30代女性・吸ったことはない)
●「飲食店は地代を払った個人が営業許可を得て経営しているもので、公共性があるとは言い難い。ゆえに煙草(たばこ)が非合法でない以上、喫煙・禁煙の判断は経営者判断に委ねるべきで、国家が法規制で介入するべきではないと思う。また、規制条約は『締結国の憲法を優先する』とただし書きがあることを忘れた議論が多い気がするし、京都議定書などと同様、いつでも脱退可能な点を忘れてはならない。客、従業員ともに自らの意志で喫煙店、禁煙店を選択できる自由が我が国にある以上、行きたくなければ行かなければ良い、働きたくなければ働かなくて良いのであり、片方の立場のみ重んじた恣意(しい)的な法規制に及ぶのは憲法理念をないがしろにしかねない蛮行と思う」(東京都・50代男性・吸うがそれほどではない)
●「私はヘビースモーカーです。吸うか吸わないかは自由だと思っています。が、周囲には気を使います。自宅では空気清浄機を2台稼働し隔離された個室でしか吸いません。理由は服に付いたにおいに対して嫌悪感を持つ方がいるからです。仕事中の喫煙はすることはありません。我慢できますし。外でもなるべく吸うことを控え、どうしてもの時は指定喫煙所を使い、市販の消臭液を体に掛けてから帰宅します。そんな私が考えるに、いきなり完全禁煙にしようとするから意見の衝突が起こるのだと思います。小規模店舗では厳しいと思いますので舗規が大きい店舗だけ最初は完全禁煙にしたり段階的に進める方法を考えていくべきなのではないかと思います」(東京都・30代男性・ヘビースモーカー)
■立場の置き方で見え方変わる問題
「受動喫煙」について3週にわたって議論してきました。たばこの煙に苦しむ人、喫煙者、医師、飲食店主、従業員。様々な意見が寄せられました。だれの視点かによって、この問題の見え方が変わります。屋内完全禁煙の国々では子どものたばこ関連病の改善が報告され、子どものいる自家用車内や自宅での喫煙を禁じる国も出てきました。私たちは、だれの視点でこの問題を見るべきなのでしょうか。(錦光山雅子)
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