鹿児島大学の学生に聞く
男性の体で生まれ、女性として生きるトランスジェンダーの学生を、日本女子大が受け入れるかどうかの検討を始めると3月、記事にしました。この記事を元に「日本国憲法」の授業で議論したいと、鹿児島大学の渡辺弘准教授から連絡がありました。記事を書いた記者2人が、授業に参加しました。
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■女子大入学、拒否は違憲?
授業に先立ち、1~4年生の受講者約140人にアンケートを配ってもらい、115人から回答を得ました。結果はグラフの通りです。
さらに、学生たちは数人ずつのグループに分かれ①女子大は入学を認めるべきか②認めない場合、憲法違反になるか、などについて話し合った上で、意見をまとめて提出しました。
学生たちは迷ったようです。
「入学を認めるべきだ」という結論に達したのは26グループ中22あり、「入学を認めないのは憲法違反である」としたのも18グループと多数派でしたが、①と②の答えが一見矛盾する意見を書いたグループも8ありました。
4月24日の授業で最初に発表したのは、水流(つる)薫平さん(19)たち6人のグループでした。
トランスジェンダーの学生が入学したいと主張しても、女子大の多くの学生は女子だけの環境で学びたいと思って来ている。「公共の福祉」の観点から、少数の人の人権を100%は保障できない――。水流さんたちはそう考え、「入学を認めるべきではない」と主張。憲法13条では「国民は、個人として尊重される」が、幸福追求の権利が尊重されるのは「公共の福祉に反しない限り」としていることを根拠にあげました。
その一方で、「大学が入学を認めないのは憲法違反だ」という結論に達したと言います。「憲法26条が教育を受ける権利をうたっているから」だといいます。
2年生の男子学生(19)が手を挙げました。「ある調査によると、LGBT(など性的少数者)の人たちは全体の7%くらいいて、左利きの人とそれほど変わらない割合だといいます。それって少数と言えるんでしょうか」
「なるほど。この教室にも10人くらいいてもおかしくないということだよね」と、渡辺准教授。
発表した濱田忠さん(19)は言いました。「自分たちも心を重視するのか、体を重視するのか、議論しました。でも、心が女性かどうかはなかなかわかりづらい。体や戸籍はわかりやすいので、その基準を優先すべきではないか、と」
前方に座る女子学生(19)から声があがりました。「なんか戸籍だけでパンと判断しちゃうのは、法の下の平等に反している感じがする」
渡辺准教授も問いかけました。
「体が女だとはっきりしていると言ったけど、本当? 体が男女に判別しにくく半陰陽の方もいる。心の男女もそう。体も心も男であっても愛する対象が男性の人もいれば、男女どちらも愛する人もいるよね」
「その組み合わせって、無限大」と、さきほど発言した女子学生。
渡辺准教授は問います。「たとえば、ハンセン病や在日の人の人権が、少数だという理由で制限されるっておかしくないか。法の下での平等をうたう憲法14条はいらないことにならないかな」
グループの学生たちは考え込みました。水流さんは授業後、こう振り返りました。「すごく迷い、悩みました。人権も大事だが、多数派の意見をより優先した方がいいのではと話し合ってなんとかまとめようとしたのですが、まだまだでした」
■「入学は認めるべきだが…」
この日発表したもう一つのグループは最初のグループとは逆の主張になりました。
まず「性的少数者の人権や尊厳を守るためにも入学を認めるべきだ」としました。しかし、認めなかったとしたら、憲法違反になるかという問いには「ならない」という結論を出しました。「女子大には男性に関するトラウマを抱えている学生がいるかもしれない。そうした学生の学習に支障をきたす場合もあるので」と理由を挙げます。
さらに、「入学を認めた場合、大学は多目的トイレをつくるなど環境を整備する必要がある」「法律で(戸籍の)性別を変更できる年齢を20歳から18歳に引き下げることができればいい」とも指摘しました。
聞いていた学生たちから出たのは、「女子大とは」という問いです。女子大は、女子にも男子のように学ぶ機会を、と始まり、栄養や家政など男女の役割分担を前提にした学科が多い。でも、いまは男女関係なく学べるので共学に変えるのはどうか、というのです。
これに対して、発表者の一人の井上陽南(ひな)さん(19)は「女子大という形までを覆す必要はない」と発言しました。そして、鹿児島大は共学だが、教育学部家政専修の2年生には男性がいない、と指摘しました。
渡辺准教授は言いました。「他にも論点がいっぱいあり、答えはわからない。わからないから、引き続き考えていきます」(氏岡真弓、杉山麻里子)
■「身近に当事者」視点持って
女性の体で生まれ、3年前に戸籍の性別を男性に変えたLGBT団体「合同会社LGBT―JAPAN」九州代表の井上希望(のぞみ)さん(24)に、授業を見た感想を聞きました。
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「戸籍上の性別が女性でないと女子大に入学を認めるべきでない」という最初の発表に対し、次のグループからは、性同一性障害特例法で戸籍の性別を変更できる要件の「20歳以上」を「18歳以上」に引き下げたらどうかという意見が出ました。
戸籍変更が入学の条件となると、当事者に2年以上の「浪人」を強いることになります。日本でホルモン治療を開始できるのは18歳からで、その2年後でないと性別適合手術を受けられません。ぼくが要件を満たして、戸籍を男性に変更できたのは21歳の時。それでも、他の当事者と比べると早いほうです。
だからといって、戸籍変更の要件を18歳以上にするだけで解決するわけではない。大学が戸籍にこだわれば、18歳で女子大に入学を目指すには、身体的にも金銭的にも負担が大きい手術を高校時代に済ませないといけなくなるからです。
学生たちは社会の問題として真剣に考えていると感心しました。一方で、自分とは関係のない話をしているような印象も受けました。「この教室の中に当事者がいてもおかしくない」という渡辺先生の指摘にはっとした人もいるでしょう。自分の身近に当事者がいるかもしれないという視点を持つと、議論がより深まるのではないかと思います。(聞き手・杉山麻里子)
■学生たちから寄せられた声は
出生時の性別が男性で、心の性別が女性だというトランスジェンダーの人が女子大に入学することについて、どう思うか。授業前のアンケートで、学生たちから寄せられた声の一部を紹介します。
【入学してよい】
●「体と心の性別の不一致は、その人の責任で起こったわけではないため、性自認が女である以上、人生を女として歩んでゆく権利があると思う」(2年 女 19歳)
●「トランスジェンダーの方々に対する社会の認知度、理解度がまだ低く、様々な不合理な扱いを受けていると思われる。入学が注目を浴びることによって、世間の理解が深まるきっかけになればよい」(3年 男 20歳)
【入学するのはよくない】
●「義務教育の場合、周囲が配慮するのは理解できるが、数ある大学の中でわざわざ女子大を選択する意味がわからない」(4年 男 22歳)
●「『男性』が女子大に入学することに違和感を覚える女性は少なからずいると思う。すべてを許容できるレベルまでには達していないと思う」(2年 男 19歳)
【わからない】
●「入学したいなら、戸籍上の性別を変えるべきだと思うが、戸籍変更のハードルが高く、難しい問題だ」(2年 男 20歳)
●「気持ちを考えると認めていいように思えるが、入学してから居場所がなくつらい思いをしないかなどの問題が残る」(2年 女 20歳)
■授業で取り上げる先生、増えています
多様な性のあり方への認識が広がる中、性的少数者について授業で取り上げる先生たちが、少しずつ増えています。授業を通して、学生や児童生徒は何を感じ、そしてどう変わっていくのでしょうか。いくつかの実践を紹介し、みなさんと考えていけたらと思います。(杉山麻里子)
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