初優勝を決め、大原弘監督を胴上げする選手たち=5月17日、大阪市の南港中央野球場
国立の和歌山大野球部が、近畿学生野球春季リーグで1924年の創部以来初めての1部優勝を遂げた。練習環境が整わない中、桐蔭高(和歌山)の元コーチ、大原弘さん(52)が率いて10年目。選手の自主性を重んじた「考える野球」が花開き、6月5日から東京である全日本大学選手権に出場する。
「いち、に、いち、に」。5月25日、和歌山大グラウンドで、ジョギングする選手の生き生きとしたかけ声が響いた。平日の練習は週2回で、授業終了後の午後4時半から4時間ほど。薄暗くなると、照明が点灯するものの、明るくできるのは内野だけ。アメリカンフットボールが練習する外野へのノックはできない。
大原さんは「サークルかと思った」と就任当時を振り返る。指導者不在で練習をし、OBの監督が試合でベンチに入っていた。茶髪の部員もいた。07年秋に3部降格が決まると、当時の学長が大原さんを招いた。
大原さんは選手たちに「野球をやってきたことに誇りを持とうよ」と語りかけ、あいさつ、マナーの講習会も開いた。練習用のボールは2箱しかなかったため、県内の高校から使わなくなったボールをもらった。教えは徐々に浸透し、12年秋に13季ぶりの1部復帰を果たした。
15年、向陽高の監督として10年の選抜大会に導いた石谷俊文さん(64)をコーチとして招いた。その年、声の大きさや発言力に注目していた当時2年の真鍋雄己(4年、山口・高川学園)を主将に指名し、3年計画でチーム作りを任せた。春夏合わせて甲子園に29回出場の星稜高(石川)が、1年から主将にしていたことを知ったからだ。
「練習試合はほとんどノーサイン。自分たちで考える野球をさせる」。大原監督は中学や高校の試合を数多く見て、様々なプレーのパターンが頭にある。
練習の指揮を真鍋に任せる一方、大原さんは選手のプレーの引き出しを増やすように助言する。自分たちで最善の方法を考えさせることで成長させようとした。昨年からは週2回朝に自主練習の時間を真鍋の提案で始めた。その年秋に2位になり、大原さんは「本気で優勝を狙おう」と選手を鼓舞した。
迎えた今季。「考える野球」が生きたのが、15連覇中の奈良学園大に2連勝して優勝を決めた試合だった。1―0の三回1死二、三塁。スクイズも考えられる場面で、3番の真鍋は、走者とアイコンタクトでゴロが転がった時点で走者スタートを切る「ゴロゴー」を選択し、二ゴロの間に追加点を挙げた。
近畿学生野球の1部は、大阪府内での試合が多く、投手の貴志弘顕(きしひろあき、2年、桐蔭)は、遠征費を稼ぐため、週4回塾の講師と牛丼屋でアルバイトをし、深夜2時まで働くこともある。それでも「毎日が充実している。野球が出来るということに感謝したい」と話す。1部に定着することで、地元からだけでなく、山梨学院や東邦(愛知)など他県の強豪校から入部する選手も出てきた。
大原さんが目指すのは「和歌山の手本になる野球」だ。和歌山県は高校野球は盛んだが、大学は和歌山大が県内唯一の野球部だ。石谷さんと県高校野球連盟に働きかけ、昨年から高校野球で使われることが多い和歌山市の紀三井寺球場でリーグ戦を数試合できるようにした。交通費の節約や移動時間の短縮ができただけでなく、地元の子供たちにも見てもらえる場ができた。
大原さんは「やっと優勝し、作り上げたこの伝統をどう受け継いでいくか。まだ始まったばかりです」。全日本大学選手権では7日の2回戦で、岡山商科大と近大の勝者と戦う。(橋本佳奈)