はあちゅうさん=飯塚悟撮影
性暴力やセクハラ被害を訴える「#MeToo(私も)」のうねりの中で、作家・ブロガーのはあちゅうさんは電通勤務時代の先輩社員のハラスメントを明らかにしました。不要な痛みを押しつける連鎖を止めたいというはあちゅうさんの思いを聞きました。
特集:「#MeToo」とは何か
はあちゅうさん、告発後に浴びた批判 インタビュー詳報
一通りの嵐が過ぎ去りました。昨年12月中旬に出た記事はたくさんの人に読まれ、心ないバッシングも受けました。沈静化し、日常に戻りましたが、人々の心の芯まで届いた実感は正直、希薄です。みんなが一瞬はワーッと飛びついたものの、関心はほかの話題に移り、あっけなく終わったのだとしたら悔しいです。
セクハラを拒否したことで退職後も嫌がらせが続いていました。8年間、ああ言えばよかった、こう逃げればよかったと自分を責め、後悔してきました。親しくしていた編集者さんが彼の本を出すと聞き、私が受けたハラスメントを伝えたら、「はあちゅうさんはいつ許すんですか」と。私が許す問題なのか、私の心が狭いのか。愕然(がくぜん)としました。
彼の著書が出版され、自分の好きな人たちが彼に取り込まれていくのがSNSで手に取るようにわかる。居場所が絡め取られていくような息苦しさと、新たな被害者が生まれる不安を募らせていました。
実名で告発するかは悩みました。でも、匿名で発信しても、広告業界の内輪話として受け取られてしまうと思い、実名を選びました。
復讐(ふくしゅう)が目的ではありません。彼に「謝って」「償って」という感情はないんです。ただ、あなたの行為は卑劣で、世間からこういうリアクションのあることですよ、と示したかった。彼に限らず、男性の、同性には見せない高圧的な態度にいくつも直面してきました。ハラスメントの抑止につながればと願っています。
良い仕事をしたい、活躍したい、そんな野心を持って電通に入りました。誰を目指すかと言えば、社内で既に影響力を持つ先輩で、先輩に学びたい、一緒に仕事をしたいと思うのは当たり前のこと。厳しいしごきは成長につながるから、プライベートにかかわる要求も受け入れなくてはいけないと思い込んでいました。
私が仕事なんてどうでもいいやという人間だったら、被害は深刻化しなかったかもしれない。でも、親や応援してくれる人を前に、私の人生は順風満帆ですというコスプレを脱ぎたくなくて、訴えられなかった。先輩と真っ向からケンカできず、むしばまれていきました。
私自身は社内恋愛推奨派ですが、男性には正々堂々と口説いてくださいと言いたい。「打ち合わせはバーでしよう」「他の人には内緒」なんて、周りに宣言できない思惑はセクハラになり得ます。仮に関係性がこじれても絶対に仕事面で報復しないと断言できない限り、口説く資格はありません。たとえ女性が「YES」と言ったとしても、力関係ゆえの仕方なしの同意かもしれない。相手の意思を無視して暴走していないか、冷静になってほしいです。
女性には、他人に相談できない状況で口説かれたなら、いったんは考えてと伝えたいです。1回応じてしまえば、セクハラではなく痴情のもつれとして処理されてしまいます。
女性はなかなか自分に自信が持てず、他者の承認を求めがちです。力関係が上の人間から口説かれたことで自尊心を満たそうとすれば、結果的に相手につけいる余地を与えてしまいます。自分を信じる力は、日々自ら耕すものです。
私は「無所属で多所属」を推奨します。群れずつるまず、でも複数のコミュニティーとつながりを持つこと。趣味や仕事など自信を補給できる場所が複数あれば、自分の足で立つことの支えになると思います。
電通はハラスメントを黙認する環境にありましたが、特別ひどい会社でもないと思います。テレビ局や芸能界、美容業界などでも同種の問題を見聞きしてきました。苦しいことを経験しなければ成長しないという誤った体育会的思考は日本中に転がっています。不要の痛みを下に押しつけることはもうやめましょう。
みんな心当たりがあるはずです。ハラスメントに直面しても、笑ってやり過ごしたり、飲み会の席だからとスルーしたり。傍観者だった人も「やめよう」と声を上げてほしい。一人ひとりの声の積み重ねが現状を変えると思うのです。
残念ながら、日本で「#MeToo」はムーブメントと呼べるほどの動きにはなっていません。私は「MeTooの人」でありたいわけではないけれど、10年、20年後にあのときが変わり目だったねと言える社会に変えるために貢献したいです。
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はあちゅう 1986年生まれ。慶応大学在籍中から人気ブロガーに。電通、ベンチャー企業をへてフリーランス。昨年12月にウェブメディア「BuzzFeed Japan」で、電通時代の先輩からセクハラ・パワハラを受けていたことを告白した。主な著書に「『自分』を仕事にする生き方」(幻冬舎)。